3「2020年のアメリカ大統領選は遺恨試合になる」
まずミネアポリス発のBLM運動が、トランプ再選シナリオを揺るがせた
先進諸国で経済的にはその日の暮らしにも困る人たちが激増する中で、政治・社会的には奇妙な無風状態が続いていた。この環境が激変したのは、5月25日だった。ミネソタ州最大の都市、ミネアポリスで40代の黒人男性、ジョージ・フロイドがニセ20ドル札を使おうとして失敗し、逃げようとしたところをパトロール中の警官に捕まった。そして白昼、衆人環視のもとで後ろ手に手錠をかけられ、うつぶせに寝かされた上で、4人の警察官のひとりによって後ろから頸動脈を膝で押さえつけられて死亡するという事件が起きたのだ。
しかも、その画像は大手メディアやSNSによって世界中に配信された。次の3枚組写真のうちの、左側だ。
出所:ウェブサイト『Zero Hedge』や『reddit』、英国大衆紙『The Sun』ウェブ版などのさまざまなSNSに掲載された、2020年5月最終週から6月第1週の写真より引用
この事件は、その日のうちにアメリカ各地でBlack Lives Matter(BLM、黒人の命も大切だ)を旗印に掲げた自然発生的な抗議運動を誘発した。だが、夜が更けるに従って、手薄になった警備の隙をついて、個人経営の商店などに押し入って略奪や放火を行う連中があちこちに出没した。現場に近いミネアポリスの目抜き通りでは、長年市民に親しまれてきた1950年代風流線型店舗のドライブイン酒屋、ミネハハ酒店が放火で全焼するなど、貴重な歴史遺産が失われた(右上写真)。中には、所属部隊からはぐれて孤立した警官をデモ参加者による袋叩きから守るために、黒人の参加者たちが守っているという心温まる光景もあった。(右下写真)
それにしても否定できない事実がある。あまりにも多くの都市で、抗議デモに便乗した略奪や放火が起きていた。アメリカの世相がいかにすさんでいるかを象徴するのが、左右両翼のデモであれ、自然災害であれ、警備陣が手薄になるチャンスを狙って、必ず略奪や放火が起きて被害をますます拡大することだ。今回は明らかにデモをどんどん破壊活動へと導こうとする勢力が介在していたフシも見受けられる。
それなのに、それを見過ごす大手メディアの姿勢はおかしい。アメリカのエスタブリッシュメントに属する白人としては、自分たちの祖先が先住民族や黒人奴隷に対してどんなことをしてきたかを学んでいれば、マイノリティの抗議活動に対して遠慮がちになるのは、むしろ当然のことかもしれない。だが、歴然とした暴動や略奪まで「平和なデモ」と報道しつづける姿勢には少々、いや大いに偽善の匂いがした。
とにかく大手メディアの論調は「法と秩序」の回復を訴えるトランプ大統領を揶揄し、冷笑するものが多かった。次の6枚組図版中のトランプが自由の女神の首筋にひざを押しつけて窒息させようとしているところを描いた1コマ漫画(左上)は、その典型と言えるだろう。
出所:ウェブサイト『Zero Hedge』や『reddit』などのさまざまなSNSに2020年5月最終週から6月第1週にかけて掲載された写真、カナダの『トロントスター』紙に掲載された1コマ漫画などより引用
一般論として、世間的に信用度の高い大手メディアほど、道路からクルマを締め出してお祭り気分で大勢の人が集まっているブルックリンの抗議デモ(同じ6枚組写真の左下)のような平和な光景ばかりを取り上げて、BLM派のデモに好意的な報道をしていた。たしかに、左上の手書きのプラカードが指摘するように、「人種差別はあまりにもアメリカ的な現象なので、人種差別に反対すると反米になってしまう」という社会的背景はある。そして、黒人が「黒人だからってだけのことで、今日殺されたりしませんように」と染め抜かれたTシャツを着てデモに参加する(中央下)のは、それなりに勇気の要る行動なのだろう。
ジョージ・フロイド事件発生後2~3日のうちに全米数十の大都市で抗議デモがあった。中央上の写真で見るように、目立つパイロンで囲ったコンクリートブロックやレンガがデモ行進の道筋に置かれていたことも多かった。こうしたブロックやレンガは、もともと付近の工事現場で使うために歩道に野積みにしていたものが多かったらしい。ただ、ちょうど便利なところにあったからという理由で、放置されたパトカーの窓を破って火焔瓶を投げこんだり(左下)、近隣商店のドアや窓を壊したりするために使うのは、抗議デモの範囲を大きく逸脱した破壊活動だった。
ちょっと誇張して言えば、現代アメリカの大都市中心部を生活の場としている人たちは、3種類しかいない。家族の生命と財産を自分のカネで守れる大金持ちと、細々と運行されている公共交通機関に頼らなければ生きていけない主としてマイノリティの貧しい人々と、彼らを顧客とする中小零細商店の経営者や家族だけだ。そして、デモで警備が手薄になった隙をついて起きる放火や略奪で最大の被害を受けるのは、貧しいマイノリティと中小零細商店なのだ。大金持ちは高い費用を払って民間警備会社に守ってもらっているし、都心の自宅が危険になったときの用心に安全な場所に別宅を構えていることが多い。
最近の大金持ちの傾向としては、別宅を構える場所として、国内の地方よりは海外の孤島を1島丸ごと買い占めるケースが増えている。まさか、新型コロナウイルスの蔓延を予期していたわけではないだろう。だが感染症の脅威からも、左右両翼の抗争からも、それに便乗した略奪からも逃れて、ほとんど他人と接触のない生活をすることができるからだ。
出所:ウェブサイト『Zero Hedge』、2020年7月20日のエントリーなどより引用
左上の写真に登場する豪邸1軒がかろうじて建てられる程度の小島に住むのは、中程度の金持ちに過ぎない。そうとう人間一般が嫌いなのはわかるが、いくらなんでも岩ばかりの島に目一杯敷地を取った豪邸以外は船着き場だけという暮らしは、さびしいのではないだろうか。大富豪クラスともなると、プライベートジェットの発着できる滑走路をつくれる広さの孤島をカリブ海や南太平洋などの風光明媚な場所で買って、買いものは使用人に行かせたり、出入り商人に届けさせたりして、もっと優雅に孤立度の高い暮らしができる(右上、左下)。気候もそれほど温暖ではないし、景色もエキゾチックとは言えないが、アイルランド沖ならずっと広い島が格安で手に入る(右下)。
ここまで貧富の格差が露骨になってしまった状況に対する抗議運動に理解を示すのは、大手メディアとすれば当然の営業方針だし、現在野党となっている民主党としては有効な集票活動なのだろう。だが、その大手メディアは、プアホワイトであれ、差別されたマイノリティであれ、就業環境が劣悪で失職しても失業保険さえ給付されないような仕事をしている人たちのロックダウン反対デモに対しては、「感染リスクを高める」と批判的だった。
それがBLM派のデモには手のひらを返したように好意的な論調を打ち出して、感染拡大リスクなどほとんど語らなくなっている。また、「ロックダウン反対デモは、コヴィッド―19感染リスクを高めるが、BLMのデモはどんなに大勢が集まっても感染リスクではない」と主張した民主党の某現職州知事さえいた。
さらに、ジョージ・フロイド事件をきっかけに民主党系の連邦議会議員や州知事、州議会議員からも、いわゆるリベラル派のメディアからも「警察予算を削減せよ」との主張も出てきた。「警察官の容疑者に対する取扱いが黒人と白人であまりにも違うのは、警察組織全体に人種差別が浸透しているからだ。こうした事件の再発を防ぐためには、警察組織を弱体化させたほうがいい」という理屈だ。非常に残念なことだが、アメリカの警察機構には明らかに人種差別的な傾向がある。白人の容疑者が逃走を図ったときには、動けなくするために手足を狙って銃を撃つが、黒人容疑者に対しては頭や胸に何発もの銃弾を集中させて、被疑者死亡のままうやむやにしてしまうケースも多い。
だが、全米各地でデモが暴動化し、一般市民の住宅や自動車が放火、略奪などの被害に遭っている最中に、「警察予算を削減せよ」と主張するのは、放火や略奪を奨励するに等しいという批判も当然出て来る。とくに8月23日、ウィスコンシン州ケノーシャという小都市で、クルマに乗りこもうとしていた黒人男性が後ろから警察官の銃弾を4発食らい、命は取りとめたが一生マヒの残る体になってしまったことへの抗議活動はすさまじかった。ケノーシャは典型的なラストベルト(製造業の斜陽化で慢性的に景気が悪い)地帯の小都市だ。ケノーシャではその後3~4日にわたって、昼から抗議デモが続き、陽が落ちて監視カメラの映像でも人相を特定できなくなった夜には、市内各地で略奪や放火が頻発した。大統領就任以前から一貫して反トランプの姿勢を貫いているCNNニュースでは、放火によって炎上している家屋や自動車を背景に「熱情はこもっているが、おおむね平和なデモ」とコメントした現地レポーターの発言が、あちこちで失笑交じりに引用されている。次の現場写真でわかるとおり、ミネアポリスでの抗議活動と比べても、さらに徹底して建物の破壊自体を目的とした行動を取った連中がかなり大勢いたことが歴然としているからだ。
出所:ウェブサイト『Zero Hedge』、2020年8月29 日のエントリーより引用
それでは、今回の大統領選で再選を狙うトランプの立場がますます有利になったかというと、そうでもないのが現代アメリカ政治の不可解なところだ。もう一度当選オッズグラフを見ると、実際8月末にはバイデン有利に逆転してから両者の当選確率が最大の接近を示し、わずか0.5ポイント差にまで縮小していた。だが、その後またバイデンが5~6ポイント有利という状態に変わっている。
5月末に起きた両者の当選確率逆転には、ミネアポリスからケノーシャに至るBLM派の抗議行動やそれに付随する破壊活動以上の大きな要因が介在していたとみるべきだろう。しかも、その要因は、BLM運動に便乗した数多くの逸脱行為に対する反感を超えて、「黒人の命は不当に軽視されている」という主張に好意的な方向にアメリカの世論を導いている。
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