完「2020年のアメリカ大統領選は遺恨試合になる」

 今年のアメリカ大統領選は、ドロドロ怨念渦巻く「遺恨」選挙になる

動画映像に特化したSNSには2つの問題点がある。まず、年齢層が高まるほど、画像映像による情報交換自体への拒否反応がまる傾向がある。私も自戒をこめて言うのだが、文字情報なら、たいてい一目見て要点は察しがつくし、丹念に読む価値のある文章かどうかも想像がつく。一方、動画映像で意見を開陳するサイトだったりすると、退屈な顔のアップ画像を見ながら、一言一句聞き漏らしたり、聞き違えたりしないように神経を使って聴くのは、大変だおまけに結論が凡庸だったりすると、浪費した時間を返せと怒鳴りたくなる。

2つ目の問題点として、SNS一般についても言えることだが、動画映像主体の媒体はとくに思想傾向、趣味嗜好の似通った人たちだけで密接な情報交換をしていて、ちょっとでも関心や視点が違う人たちとはほとんど交流がないという印象がある。

そこで、トランプが選挙運動再開の会場としてオクラホマ州タルサ市を選んだことに戻ろう。これはトランプ陣営にとって何一つ意図のないたんなる見落としではなかっただろう陣営の年寄り連中は、おそらくアメリカの近現代史について画期的な動画映像の再発見があったなどとうことは、まったく知らないし、関心も希薄だろう。若手なら知っているかというと、これも可能性は低い。トランプ支持派となると、そもそも白人一般市民による黒人の大量虐殺シーンなどは初めから入りこむ余地がないようなサイトばかり見ているだろうし、稀に見た人がいても完全にねつ造された悪質なデマ宣伝と決めつけるのではないだろうか。

一方、過去のアメリカにおける人種別問題を真剣に考える若者たちのあいだでは、この衝撃的な動画映像はかなり広く共有されているはずだ。これだけ自国の近現代史を読み解くコンテクストが違った人たちの集団同士が街頭で激突すれば、衝突の暴力性が高まるのは必然とも言える成り行きだろう。

今年の大統領選は、こうした左右両派の街頭での衝突が激化しつづける中での投票となる。しかも、コロナウイルス対策を口実として民主党が郵便投票という選択肢の適用範囲を大幅に拡大させたので、当日開票分だけでは決着がつかない可能性が高い。45日で済むのか、12週間かかるのか、ひょっとすると1ヵ月以上待っても結果が確定できないのか、それさえ予測のつかない選挙となる。トランプ陣営もバイデン陣営も勝利を宣言して譲らず、アメリカ大統領という現代世界で最大の権力者がだれなのか判然としない事態が持続することもありうる。

ここでアメリカ史上最大の盛り上がりを見せたと言われる、1960年代から70年代初頭の公民権運動を記録した6枚の写真をご覧いただきたい。

 






出所:さまざまなSNS202066日のエントリーとウィキペディアなどの資料画像より引用

 

当時の公民権運動参加者たちは、ひたすら耐えるだけの抗議活動をしていた。カフェテリアで白人専用の席を占めるが、そこで周囲の白人たちの怒号、罵声、ビールやら、小麦粉やら、ベーコンエッグやらを頭から浴びてもただ耐えるだけデモなどで警官が警棒をふるったり、警察犬をけしかけたりするのは、ほぼ例外なく黒人や黒人と連帯する白人の参加者であって、抗議運動に反対する白人たちはそうとう乱暴なことをしても大目に見られていた。アラバマ州ハンツヴィルというとくに保守的な土地では、州兵による一斉射撃でデモ参加者たちが逃げ惑う場面もあった。

彼我の力関係から見て、耐えるだけというのがもっとも政治的に効果のある戦術だったのも事実だろう。だが、最大の差は、当時はまだデモ参加者たちが明るい未来を信じていたことではなかっただろうか。1946年の贈収賄合法化法成立以来、政治経済の中枢では腐敗が進行

していた。だが、まだアメリカ国民の大半にとって、未来は人種・性別・宗教の違いを超えて、もっと自由で平等な社会が実現すると信じていられた時代だったような気がする

現代アメリカ社会はどうか。1980年代初以来、勤労者実質所得の中央値全勤労者を所得順上から下まで並べたとき、ちょうどまん中に来る人の所得水準は横ばいに終始しているこの間の経済成長の成果はほぼ全面的に上から10%の所得水準の人たちに集中し、その中でも上から1%、上から0.1%と上に行くほど伸び率が高かった。

所得でこれだけの差があると、その所得を長い年月かけて蓄積して形成する資産ではもっと大きな差になる。しかも、資産保有高では、貧富の格差に加えて歴然とした白人対黒人・ヒスパニックの格差がある。今回の連載で最後の図表をご覧いただこう。

 



出所:ウェブサイト『Visual Capitalist2020612日のエントリーより引用

 

白人同士でも4大卒資格の保有者とそうでない人では約4という大きな資産格差がある。だが、白人では4大卒資格がなくても98000ドル強(1030万円)の資産を持っているが、黒人やヒスパニックでは4大卒資格を持っていても、この水準に達しない。4大卒資格を持たない黒人やヒスパニック世帯の資産保有額は、1万ドル100万円)に過ぎない1960年代末には人種差別がやがて解消されることを夢見ていられた人たちも、現代アメリカ社会では体制変革なしにそういう夢を描くことはむずかしそうだ

2020年の大統領選は、どちらが勝っても「遺恨試合」になるだけではない。その後の慢性的な社会騒擾のきっかけになるだろう。そして、この大統領選に勝った候補は、アメリカ合衆国が現状のままでいられる時代の最後を締めくくる大統領になる可能性が高い。2024年の大統領選で勝ち、20251月から20291月までの任期を務める大統領は、ほぼ確実に崩壊か、分裂か、代議制民主主義という政体の改変かを、自分の任期中に経験するだろう。

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