第3回連載 「アメリカ株異常な暴騰の真相」4/6
アメリカ株暴騰の2大要因は自社株買いと・・・・・・
アメリカ株市場を観察している人ならだれでも指摘するのが、先進諸国の中央銀行がそろって野放図な金融緩和を展開しているという事実だ。次のグラフ上段で見るように、主要国中央銀行の総資産額とS&P500株価指数のあいだには非常にわかりやすい相関関係が成立している。この説明だけですんなり納得してしまう人も多いだろう。
つまり、連邦準備制度は米国債や担保付き証券を、日銀は日本国債や日本株ETFを、そして欧州中央銀行は加盟諸国の国債を買いまくって、代金を各国金融機関にばら撒く。金利を下げることによる金融緩和ではなく、金融機関が自由に使える資金量を増やしてやるかたちの金融緩和だから「量的緩和」と呼ばれている手法だ。
ふつうの景気低迷であれば、こうしてばら撒かれた資金が実体経済を拡大するための投資や融資に回されて、景気がよくなる。だが、現状では実体経済のほうにめぼしい投資先が見つからないので、資金は金融市場の中に滞留しつづける。結局、金融市場の中では比較的安全な各国の国債や、アメリカ株に投下されるので、アメリカ株や先進諸国の国債価格は上昇し、金利は下がる・・・・・・という理屈だ。
国債価格が上がるということは、自動的に金利が下がることを意味する。だが、これは金融市場になじみの少ない方にはちょっとわかりにくい現象かもしれないので、説明しておこう。
たとえば、100円の額面に対して毎年1.5円の配当を約束した国債を持っている人がいるとしよう。どうしても安全確実な配当が欲しい人が、この国債の持ち主に「自分が受け取る権利は1%になってもいいから、その国債を譲ってくれ」と持ちかけるとしたら、いくらで買おうと提案することになるだろうか。買い値の1%が1.5円だとすれば、買い値はそれに100を掛けた150円ということになる。もちろん、国債には償還期限があって、いつまで額面に対する一定の配当を受け取ることができるか考えなければいけないので、実際の計算はこれほど単純ではない。
ただ、国債の価格が上がるということは、同じ金額の配当を受け取るために必要な元手が多くかかるようになることだという話の大筋は変わらない。だが、国債を持つことから受け取る配当の利回りがこれほど低くなってもいいと思う投資家が多いとすれば、一般企業も低利の融資を受けることができるはずだ。実際に、各業界の大手では、1%未満の金利で銀行融資を受けられる企業が激増している。それならどんどん設備投資をして業容を拡大するかというと、相変わらず金融業界以外のあらゆる産業の投融資需要は冷えこんだままだ。
ご覧のとおり、「中央銀行が国債や担保付き証券や株のETFを買いあさって資産を拡大し、その代金が金融機関に溜まれば溜まるほど、業績とは無縁にS&P500株価指数が高くなる」という議論には、とても説得力がある。ところが、ほとんどだれも疑問を持たずに受け入れている「中央銀行の量的緩和=米株高」説には、大きな穴がある。その穴を示しているのが、下段のアメリカの3大金融市場への資金流出入量を示すグラフだ。
3大金融市場のうち、マネーマーケットファンド(MMF)というのは、聞き慣れない言葉かもしれない。ひっきりなしに金融資産を売ったり買ったりしている機関投資家が、売買のたびに現金を出し入れするのは面倒だから、年率0.1~0.2%の金利を生む短期債や譲渡性預金ばかりで構成されたファンドを、金融商品に投下されていない状態の資金を入れる財布代わりに使っている。その財布のことをMMFというのだが、全般的な金利低下状況の中で、これが債券市場に対するけっこう手強い競合商品になっている。
2018年1月から2020年初夏までだけでも、世界の3大中央銀行は1兆数千億ドルの資金を各国金融機関にばら撒いた。だが、そのうちの9350億ドルもの資金が、本来であれば仮置きの場所に過ぎないはずのMMFに置かれたままであり、6000億ドル超が債券市場に投下され、株式市場からは3000億ドル超が引き揚げられているのだ。
ここで詳細に数字を挙げることはしないが、アメリカ株市場でもかなり巨額の資金流出が生じている。つまり、中央銀行が量的緩和でばら撒いた資金が自動的に米国株を押し上げているわけではないのだ。むしろ、世界中の株式市場同様、アメリカでも投資家は株から資金を引き揚げている。それでもなお、アメリカ株全体として時価総額が拡大しているとすれば、いったいなぜ、どこから資金は流入しているのだろうか。
答えは、第一に自社株買いであり、続いてその自社株買いや企業同士の買収合併を魅力的に見せるための露骨な帳簿操作なのだ。次の2枚組グラフが、この自社株買いがいかに莫大な金額に達しており、また四半期ごとに着実に伸びてきたかを物語っている。
左側の棒グラフは、S&P500に採用されている銘柄が、2012~19年に行った自社株買いの1年ごとの合計額を示している。右側の折れ線グラフでは、同じ数字を四半期ごとに積み上げていった累計額だ。先ほどご覧いただいた世界の3大金融市場への資金流出入量グラフと比べて、アメリカの大企業がいかに巨額の自社株買いを実施してきたかが、一目瞭然で読み取れる。2018年1月から約2年半の期間での世界の3大金融市場への資金流入量が純増ベースで1兆2450億ドルに対して、2018~19年の2年間のS&P500採用銘柄の自社株買いだけで1兆5350億ドルとなっていたのだ。
自社株買いとは、いったい何かをここで考えてみよう。実施企業の自社株買いに応じた株主にとっては、株式市場から資金を回収したことになる。実施企業にとっては現金を払って自社の株を取得するのは、なんの得にもならない行為だ。自社の株は営業活動で得た利益や、営業活動をやめるときに借金を返し終わって残った資金を分配するときに割当額を決めるための数字でしかないからだ。買い上げた株は短期間のうちに消却される。減価償却のように、一挙に簿価にくり入れたら影響が大きすぎる固定資産取得時の投下金額を少しずつその資産の損耗度に応じて差し引いていくわけではない。
アメリカの一流企業が、文字どおり発行済み株数を少なくするだけのために、こんなに巨額の現金を遣っているのだろうか。なぜこんなバカげた経営手法が大手を振ってまかり通っているかといえば、株主と経営陣とのあいだに緊密な共謀関係が成立しているからだ。
CEO(最高経営責任者)を始めとするアメリカ企業の重役は、就任時に一定数、または在任中の業績に応じて増やすことのできる、自社株を所定の額で取得する権利(ストックオプション)を保証されている。発行済みの流通株式総数が減れば減るほど、1株の価値は高まる。だから、経営陣はさしあたり使い途のない現預金があれば、いや最近では現預金がないときには借金をしてでも、しゃかりきになって流通株の総数を減らそうとする。
すでにこの会社の株を持っている株主のほうも、最近ではアメリカ経済全体の先行きに暗い展望しか描けなくなっている。だから、経済指標が強めに出ると企業が設備投資や研究開発に無駄ガネを使うことを警戒して株価が下がり、経済指標が弱めに出るとムダな投資を減らして、企業の解散価値を高めに温存してくれると期待して株価が上がっている。この実体経済と株価との逆相関は、すさまじい状態になっている。2020年第2四半期までの10年間移動平均という長期間で見ても、ついに実質GDP成長率とS&P500株価指数の相関係数がマイナスに転落してしまった。つまり、経済成長率が低いほど、株価は上がるご時世になったのだ。
というわけで、少なくとも市場の実勢で自社株買いをしてくれる企業を、株主も大歓迎する。こうして毎年の企業収益のかなりの部分が、経営陣が持っているストックオプションの価値を高め、株主が安心して高値で株を売り抜けることを目的とした自社株買いに浪費されている。株主は株式市場ですでに退却戦を始めているし、経営陣は店じまいのための閉店セールをしているのが実情だ。
それだけではない。先ほど株価収益率の説明をしたところで書いておいたように、投資家はみな株価とその企業の1株利益を比べて、割高か割安かを判断する。つまり、1株利益が高ければそれだけ株価は割安だから、今後株価が値上がりする余地が大きいし、1株利益が低ければ値下がりする危険が大きいわけだ。
1株利益を高めるにはいろいろな方法がある。正攻法は企業の利益総額を大きくして、同じ株数で割ったときの1株利益を高めることだ。だが、これにはそれなりの企業努力を必要とする。一方、分母になる発行済み株数を小さくすれば、業績は全然改善しなくても1株利益を高くできる。1株利益で企業業績を判断する投資家たちは、自社株買いで1株利益が大きくなれば、株価を買い上がってくれる。結果的にはだいたいにおいて発行済み株数の減少率以上の率で株価が上昇し、経営陣やすでにこの株を持っている人たちには、ほとんど棚ぼたのような株式評価益が転がりこんでくる。これが、自社株買いが隆盛を極めているほんとうの理由だ。
「それではまるで、企業による株価操縦じゃないか」と指摘される方もいらっしゃるだろう。まさにそのとおり。1980年代初めまでのアメリカ株市場では、自社株買いは株価操縦のひとつとして法律で禁止されていた。1980年の大統領選で当選し、1981年1月に就任したロナルド・レーガン大統領が初仕事として取り組んだのは、景気回復策だった。そのひとつが、軍産複合体やエネルギー産業各社への財政刺激の大盤振る舞いであり、ふたつ目が法人税率の大幅引き下げであり、世間ではあまり話題にならなかったみっつ目が、この自社株買い解禁だった。
選挙期間中は、「市場の論理を尊重してなるべく経済活動に介入せずに、自由放任で強いアメリカ経済を再建する」と主張していたレーガンが、就任してみたら財政支出は拡大し、ラッファーという経済学者が思いつきで提案した「大幅減税を実施して景気がよくなれば企業収益は激増し、企業収益が低迷していたころ高税率で取っていたころより税収は拡大する」という提案に乗ってみたものの、まったくの空振りに終わったので、税収は大幅に減少した。こうして、アメリカ連邦政府の財政赤字は、健全財政派だったはずのレーガン大統領のもとで激増してしまった。
だが、当時の経済金融情勢を考えれば、レーガン政権がなりふり構わず景気回復に奔走した心理もわからないでもない。『ビジネス・ウィーク』誌は、1979年8月13日号の巻頭に「株の死」と題した特集記事を掲載した。この記事を読むと、まるで『鏡の国』に迷いこんだアリスになったような気がしてくる。『不思議の国』のように、登場人物も背景も不思議なことばかりという世界ではない。登場人物も背景も見慣れているのに、やることなすこと現代アメリカ経済とはあべこべなのだ。
当時、米国債の利回りは12%になっていたのに、株の総合収益率(配当と株価の上昇幅の合計額を、買ったときの株価で割った利回り)はわずか3%だった。「過去数年にわたって、家計資産に占める株の比率を増やしているのは65歳以上の年齢層に属している、時代の変遷について行けずに株から国債への転換に乗り遅れてしまった人たちだけだ。どこの企業の決算説明会に行っても、会場は爺さん婆さんばかりで、出る質問は『こうすれば少しはマシな決算ができたのではないか』という愚痴ばかりだ・・・・・・」等々。
「まるで1990年代から2000年代初頭の日本企業の決算説明会みたいだ」とお感じの方も多いだろう。たった40年前のアメリカはそういう状態だったのだ。いや、バブル崩壊後の日本より深刻だった。国債金利が12%といっても、ちっとも投資家にとって有利な金融資産とは言えない。当時インフレ率も2ケタで推移していたから、実質金利は収支トントンか、プラスマイナス1%前後にとどまっていたのだ。つくづくアメリカの金融業界は、よく1970年代後半を生き延びたものだと感心する。
今になってみると、アメリカ経済が景気は低迷しているのにインフレだけがどんどん進む「スタグフレーション」という魔物に取り憑かれてしまった理由は、あきれるほど単純だ。第二次大戦後のアメリカでは旅客鉄道はほぼ全滅し、国民の大多数がどこに行くにもガソリンをガブ飲みする大型車を乗り回していた。1970年代初頭のOPEC諸国による第1次オイルショックで原油価格が2~3ドルから10ドル台に跳ね上がったとき、先進諸国で最大の打撃を受けたのは、アメリカだった。そこに1979年の第2次オイルショックが追い打ちをかけて、原油価格はバレル当たり30~40ドル台に暴騰したのだから、景気低迷が続くのにインフレ率は上昇したのも当然だった。
結局、当時の世界規模の原油需給関係の中で、30~40ドルの原油価格は維持できないほど高かった。そして、原油価格はこの無理な値上げが通った直後から急落に転じ、第1次オイルショック以降の底値圏、10ドル台に逆戻りした。原油価格が下がるにつれて、アメリカ企業の大半は自社株買いのような姑息な手段に頼ることなく、1982年ごろを大底に自力で業績改善を達成した。
企業は何がなんでも自社の株価を上げたがるものだから、1970年代末から80年代初頭の危機を乗り切ってからも、必要とあらば自社株買いをする権利を握りつづけてきた。2000年をピークとしたハイテク・バブルの崩壊、2007~09年のサブプライムローン・バブルの崩壊、そして、まだ完全に崩壊はしていない中央銀行バブルの爛熟の中でこの用心が役に立って、自社株買いの力で景気に逆行する株高を達成しつづける一握りの企業群が目立つようになっているわけだ。
続く(11/5公開)
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