第4回連載 「根無し草になった金融業の繁栄に迫るたそがれ」3/7

 アメリカの金融業界は、対外投融資で肥大化しつづける

 

 もちろん、現実の国際金融の世界は、ここまで単純ではない。アメリカからの対外投資の大部分は、主として節税上の理由で直接受け入れ国に対してではなく、金利・配当収入に対する税率が低い国々を経由しておこなわれる。ただ、それはまたそれで、世界各国の法人税制などをきちんと研究しているタックス・コンサルタントなどには、非常にわかりやすい仕組みになっているに違いない。

 

 次のグラフも、「ダッチ・アイリッシュ」とか「ダブルダッチ・アイリッシュ」とか「ダッチサンドイッチ・ウィズ・アイリッシュ」とかのスキームで企業に海外収益の節税法を助言している連中には、「当然そうなっているだろうな」と思える構図のはずだ。

 



 

 左側がアメリカからの対外投融資の受け入れ大国となっている経済規模の小さな国々であり、右側は経済規模が大きいのに、表面的にはあまりアメリカからの資金を受け入れていない国々だ。そして左側に列挙した諸国は、タックスヘイヴン(租税回避地)と呼ばれる国々とほぼ一致する。

 

 もちろん、オランダに約800億ドルの投融資の受け皿になるような経済活動があるわけでもなく、アイルランドに500億ドル超の資金需要があるわけでもない。これら諸国の現地法人を介して最終的な投融資先に資金を送りこめば、金利・配当収入に対する税率が低くて済むということだ。


 この推定は、右側のアメリカの対外投資受け入れ小国のグラフ内に書きこんだ、海外諸国からの対日投資の直接投資ベースの内訳と投資元ベースの内訳との差から、ほぼ実情に即しているとわかる。たとえば、アメリカは海外からの対日投資全体の35%を担っているが、そのうち直接日本に投資をしているのは25%だけで、残る10%はオランダ、ケイマン諸島、シンガポール、ルクセンブルクなどの租税回避地経由で投資している。

 

 近年、各種の国際経済統計を見ていると、オランダやアイルランドの労働生産性が急上昇しているので驚くことがある。それほど強固な経済基盤があるわけでもない国々で、なぜ労働生産性が急上昇しているのか。国際金融における中継貿易のような事業を手広くやっていて、しかもそれがほとんど元手も大した労働力も要らないのに、けっこう高収益だからだ。

というわけで、アメリカの金融業界は、新興国や低開発国に対して、自国内での融資の35倍ぐらいの利益率が生ずる対外投融資をしている。本来製造業による巨額の資金調達を支援するのが最大の使命であるはずの金融業が、製造業の地盤沈下がこれほど進んでいるのに肥大化しつづけているのも、対外投融資の収益性が高いからだ。


 一方、新興国や低開発国の中で、12兆ドルの投融資を吸収するほど大規模な経済活動をしているのは、中国だけだ。つまりアメリカの対外投融資の大部分は、中国が最終目的地と見ていい。これで、世界最大の純債務国アメリカが、世界最大の純投資国日本とほぼ同額の金利・配当収入をしっかり得ている謎は解けた。金融業者ならだれでも飛びつくおいしい儲け話に飛びついていただけのことだ。


 だが、なぜ中国は、こんなに高い金利や配当を払ってまで、国内投資のかなりの部分を海外からの財源に依存しているのだろうか。こちらの謎は、もう少し闇が深い。国内経済に、投資の財源となる貯蓄額が不足しているわけではない。それどころか、中国の貯蓄率はGDP40%台半ばというべらぼうな高率で推移している。先進諸国の大半が1ケタ後半から10%台前半だから、異常な高さだ。


 しかし、中国人民の異常に巨額の貯蓄は、国有銀行とその系列行が吸い上げて、大部分を採算度外視の経営をしている国有企業への融資に回してしまう。国有企業は、一応営利目的でさまざまな事業をおこなっていることになっている。だが、実際には見かけ上のGDP成長率を安定して高水準に保つためにまったく不必要な「投資」を推進することと、既得権益団体に利権をばら撒くことを目的としている。


 党員数たかだか80009000万人の中国共産党が、1314億人の国民を支配し続けていられる最大の理由は、自治体や国有企業を通じて、巨額の利権を既得権益団体にばら撒いているからだ。反面、中国の民間企業で成長のために巨額の資金を必要とする会社は、資金需要の大半を海外からの直接投資や米ドル建ての外債発行で賄わなければならない。


 今年の夏、世界最大の債務を抱えた不動産会社と定評のあった中国恒大(Evergrande)が「外債の金利支払いができずにあわや破綻か」というニュースが出た。過去45年間に恒大が調達した資金の78割は、米ドル建ての外債発行によるものだったはずだ。成長率の高い中国の民間大企業の大半は、似たような資金構成となっている。


 アメリカが本気で人民を抑圧する中国共産党一党独裁体制を打ち破ろうとするなら、軍事介入はまったく不要だ。中国への投融資を全部引き揚げればいい。すると、成長性の高い民間大企業が一斉に失速し、企業破綻が激増し、人民公社=大躍進時代か文化大革命時代のような経済混迷に陥るだろう。もし中国政府があわてて従来国有企業に回していた投資を民間大企業に回すようになったら、一党独裁体制を維持するために働いてくれる手足をもがれることになって、社会秩序が崩壊するだろう。


 だが、現在のアメリカにそれはできない。アメリカでも、「やがて中国がアメリカを抜いて世界最大の経済強国になる」というような駄ボラを吹聴する人は多い。だが、あれほど多くの人権蹂躙行為をしている中国に対するまっとうな脅威論を唱える人は少ない。ひとつの理由は、アメリカ政官界を完全に自分たちの利権の網の中に絡め取っている金融業界が、そんな批判を許さないからだろう。もうひとつは、資本主義、社会主義と表看板は違うが、どちらも社会全体を利権が動かしている似たもの同士ということを、米中両国の首脳はよくご存じだからだろう。


 真剣な中国脅威論は、金融業界にとって最大の金ヅルを自分で断ち切ってしまう危険がある。そんな事態を強大な権力を握っているアメリカの金融業界が、黙って見ているはずがない。こうして、自国産業への資金供給という役割がどんどん縮小しながらも、アメリカの金融業界は肥大化を続け、アメリカ経済全体も表面的な繁栄を謳歌している。だが、この構造の最大の弱みは、一般国民、とりわけふつうの仕事をしている勤労者にとってほとんどなんの恩恵も回ってこない繁栄だということだ。


 少なくとも、ドナルド・トランプというドンキホーテが大統領に就任するまでは、「中国批判」をタブー視する長い閉塞状況が続いていた。トランプは、アメリカ金融業界が中国べったりにならざるを得ない経済的理由はわかっていないだろう。だが、テレビで長年リアリティショーの主役を張っていただけに、勘は鋭い。この状態がアメリカ国民全体にとって損だと、見抜いている。


 このへんで、中締め的なまとめをさせていただきたい。私はこれまでここで書いてきたことに本格的に切り込んだ、『投資はするな』という本を出版させていただく。(11月下旬〜12月初旬発売)

この本は、まずもって日本国民、とりわけ個人世帯への忠告である。メッセージの核心は、「せっかく世界に先駆けて1970年代から、延々と『投資から貯蓄へ』の変化を先取りするすばらしい方針を貫いてきたのだから、この期に及んで『貯蓄から投資へ』などという時代錯誤な方針に逆戻りするのは、やめなさい」に尽きる。


 この本はまた、日本国政府への勧告でもある。「そもそも効率性とか収益性とかの観念を持ち合わせない政府が、直接投資をするのはおやめなさい。斜陽化した重厚長大産業の原発開発とか、核融合や再生可能エネルギーに関する研究とかのビッグプロジェクトへの巨額債務保証もおやめなさい。それだけで、日本国民の財政負担も、経済成長率も見違えるほど改善するのだから」ということだ。


 そして、アメリカ国民への警告でもある。「金融業界が対中投資でボロ儲けすることをいつまでも許していたら、貴国の政治・経済・社会情勢は腐敗堕落の一途をたどるでしょう。一刻も早く金融業界の対中投資をやめさせなさい」。最後の論点に関しては、企業活動の自由を盾に取った反論があるかもしれない。だが、企業活動の自由には適法性の限定がついている。アメリカ国内でも、ほとんどの文明国でも明らかに違法と見なされる行為を政府が率先しておこないつづけている国を支援するのは、適法性を逸脱しているだろう。


 ニクソン大統領による親中路線への突然の転換以来、ずいぶん久しぶりに中国敵視を公然と掲げるドナルド・トランプが、2016年の大統領選に勝利した。この大番狂わせが起きたのも、軍事・外交面ではどう考えても最大の脅威であるべき中国をカッコの中に入れた「貿易赤字=みかじめ料」論では説得力がなさ過ぎることだ。また、経済・金融面から見れば、対中投融資でボロ儲けしているアメリカの金融業界がその利益をほとんど一般国民とわかちあっていない事実が、露呈しはじめたことを示すのだろう。


次回 4. アメリカのふつうの勤労者の絶望的な境遇 11/15更新

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