第5回 4/10「劣等生にしか見えなかった日本が、じつは いちばん適応上手だった」
慢性的過剰設備と投資低迷の中で、株式投資家はどう生きるのか
今後の世界経済も、設備稼働率は高くて70%、低ければ60%割れという状態が続く。当然新規投資も盛り上がらない。そうなると、企業にとって自社の株が高くなることの最大の利点である、より良い条件で起債や借り入れによる資金調達ができることの魅力も減少する。アメリカの投資家たちがいっせいに「もう設備投資や研究開発に無駄ガネを遣わず、なるべく早くすでに蓄積した解散価値を先払いしてくれ」と要求しているのも、背景に慢性的な投資の低迷があるからだ。
解散価値とは、企業が保有している資産総額から、返さなければいけない借金の総額を引いたものだ。つまり、今すぐ事業活動をやめて負債を消し終わったら、いくら資産が残るかを示す概念で、自己資本とほぼ一致する。株主が自社株買いを歓迎するのは、「安全確実に売り抜けられる」ことをふくめて、将来の成長展望より、現に存在している蓄積をなるべく目減りしないうちに金銭化したいからだ。
株式市場がここまで未来志向を捨てた中で、株式投資家はどんなスタンスで臨むべきだろうか。これはもう、売り一辺倒に尽きる。まだ評価益が出ているうちに打って、実現益にする。もう買値より下がっていても、なるべく実現損が小さくて済むうちに売り切る。辛抱強く待っていれば回復するだろうという幻想を抱かない。
なんとも味気ないスタンスで、こんな夢のない「投資」戦略を長年にわたって維持できる投資家などひとりもいるはずがなさそうに思える。ところが、この戦略を1970年代以降約半世紀にわたって、貫いた投資家グループがいる。それが、日本の個人投資家たちだ。
戦後の復興期、まだ大都市中心部の大部分が焼夷弾で焼き尽くされた焼け跡で、そこに出現する闇市だけが復興の気配を感じさせる明るい兆しだったころ、日本株の約3割は銀行を中心とする旧財閥グループの相互持ち合いで、残る7割は個人投資家が持っていた。欧米人の大半が「資源のない日本は二流、三流の農業国に転落する」と確信していて、わずかに残された産業基盤や企業を安く買いたたくことさえしなかった時代だ。日本経済の復興を信じていたからこそ、なけなしの持ちガネをはたいて日本株を買ったのだろう。
その後、日本株がじり高基調に転じた1970年代初頭にはもう、基本的に売りのスタンスに転じていた。そして、もっとも、彼らでさえ日本列島改造論ブームのときと、株価・地価バブルのときには、やや買いに傾いて手ひどい打撃を受けた人もいたが、それも個人投資家の中では少数派だった。バブル崩壊以後は、ほぼ一貫して売りに徹している。とくに、外国人投資家が買いはじめると必ず売り向かって、確実に実現益を出している。この退却戦のみごとさは、次のグラフによく現れている。
2012年を境にグラフが二つに分かれているのは、この年から日銀が日経平均連動型上場投資信託(ETF)を大量に買うようになって、従来どおりの投資主体分類では実情に合わなくなってきたからだ。左から見ていくと、外国人投資家が買うと日経平均も日本株市場の時価総額も上がり、売ると下がるというパターンが確立されていることがお分かりいただけるだろう。1991年だけは、まだ日本の株価・地価バブル崩壊の深刻さを読み切っていなかったので、まだまだ下がるタイミングで買い出動してしまったが。
その後の日本株は日経平均が1万円を割りこんだら底値圏、2万円を超えたら高値圏という、じつにわかりやすいレンジ内で動いている。前々回外国人投資家による円キャリーでの日本株買いの仕組みをご紹介したとき、「売り買いのタイミングを間違えたら、ヘッジの有無にかかわらず損をするのではないか」と思われた方もおいでだろう。
だが、これだけわかりやすいレンジで動いているので、少なくとも4~5年日本株を扱っている投資家が買いに入ったり、売り抜けたりするタイミングを間違うことはほとんどない。底値圏にさしかかったころから少しずつ買いを入れておいて、底値を確認したころわざとらしく大口の買い注文を出す。同じように納入業者リストだって売れるかもしれない。だがそれは買い手にすると判で押したように日本の機関投資家が追随して買い上がってくれるので、安心して高値で売り抜けることができる。高値づかみをした日本の機関投資家は、その後の暴落時に安値での損切りを迫られる。
ご注目いただきたいのは、こうして日本の機関投資家が外国人投資家のカモにされているあいだ、日本の個人投資家は昔から持っていた株を売って着実に実現益を出していることだ。2012年以降は、相場が崩れかけると日銀が日経連動型ETFを大量に買って支えてくれるので、日本の機関投資家が安値で損切りを迫られることはなくなった。だが、外国人投資家は安値で買って高値で売り抜け、個人投資家は確実に利益の出る売り方をし、機関投資家は外国人投資家のカモにされつづけるという日本株市場の基本構造は変わっていない。このパターンが約30年間続くとどんなことが起きるだろうか。それを鮮明に浮かび上がらせてくれるのが、次のグラフだ。
この上下2段組グラフは、先ほどの個人投資家はほぼ毎年売り越しつづきで、外国人投資家は安く買って高く売っていて、日本の機関投資家は高く買って安く売っているという構図との関連でご覧いただくとわかりやすい。まず目立つのは、上段で個人投資家の保有総額シェアが、あれだけ毎年のように売り越してきたにもかかわらず、約20%から約18%へと微減しただけだということだ。
次に、機関投資家と一般事業法人をふくめた法人のシェアは、信託銀行をのぞいて軒並み下がっている。信託銀行が約10%から約18%へと伸びているのも、自己勘定で買っているのではなく、年金事業法人や日銀が大量購入するようになった株を信託財産として預かっているだけだ。
生損保のシェアが約16%から約6%へと下がっているのは、下段を見ると20世紀末ごろにはほとんどあきらめの境地に達してしまって、売買をしなくなっていたので、持ち株の価格が下がるにつれてじりじりシェアも下がっていたのだと言える。都銀・地銀については、生損保とほぼ同じ16%くらいから約4%までシェアが下がっている。こちらは1998年ごろには取引総額の30%ぐらいを売買していたし、その後もそこそこ取引にかかわっているので、ひたすら相場が下手だったとしか形容のしようがない。
なお、日本の銀行にとって株や債券の運用がいかに魅力のないものかについて、おもしろいエピソードがある。2015年の上場直後には人気が殺到したゆうちょ銀行(旧郵便貯金)は、昔は企業への融資が全面的に禁止されていたし、今でもいろいろ制約が多い、そこで、全社収益の約7割を株や債券の運用で得ている。一方、メガバンク各社は、運用益の全社収益に占める比率を1割前後に抑えている。その結果、メガバンクは自己資本利益率が4%台後半に達しているのにゆうちょ銀行の自己資本利益率は2%台半ばに過ぎない。
一般に広く世諸金を集めることが許されている金融機関は、預貯金額が膨大になるので、自己資本比率が低くなる傾向がある。その中でゆうちょ銀行は自己資本比率が約15%と、他行に比べて高いほうだ。それでも、ほとんど金利負担ゼロで預かっている貯金などで8倍のギアリングをかけて運用している。それでも自己資本比率が2%台半ばというのは、総資産利益率にすれば零コンマ何パーセントという水準なのだろう。
ここまで低収益体質のしみついた旧国有金融機関を、今さら上場しようとするのは、なぜなのだろうか。いずれは露見する巨額損失を国だけで背負いこんだのでは荷が重すぎるから、なるべく大勢の株主に負担してもらおうという魂胆ではないかと勘繰りたくなる。
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5. 大衆が賢く、知的エリートが愚鈍な国のありがたさ 12/1 10時更新
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