アメリカの都市荒廃――その1 「デトロイト」 全米でいちばんアメリカン・ドリームをかなえやすい都市!でも、その実態は・・・?

こんばんは 


 

先週末、アメリカ社会の荒廃ぶりを象徴するようなニュースが報道されました。貧富の格差が急激に拡大しているアメリカで、それでも家を持ちたい中層以下のアメリカ国民はいったいどこに住めば、持ち家の取得というアメリカン・ドリームを実現できるのかという、きちんとしたデータの裏付けがある報道です。

まず下のグラフをご覧ください。

 




横軸には世帯所得の中央値、つまり所得順に世帯を並べたとき、ちょうどまん中に来る世帯の所得を目盛ってあります。縦軸には住宅価格の平均値が出ています。一般的に、住宅価格が世帯所得の5倍以下なら持ち家を取得しやすく、5倍を超えるとむずかしくなると言われています。


ご覧のように、自動車工業とモータウンサウンドで名高いミシガン州デトロイトと、オハイオ州クリーブランドは、世帯所得の中央値が約3万ドルに対して、住宅価格は10万ドル弱です。つまり、住宅価格が世帯所得の3倍台前半なので、この程度ならあまり無理なく家を持つことができるというわけです。


逆に、ニューヨーク州ニューヨークやハワイ州ホノルルは、世帯所得の中央値は6万ドル台とデトロイトやクリーブランドの2倍以上ですが、住宅価格の平均値が60万ドル超と、住宅価格が世帯所得の10倍前後になるので、持ち家を取得するのはそうとうむずかしいということになります。カリフォルニア州サンフランシスコになると、もっと極端で世帯所得の中央値は11万ドルを超えていますが、住宅価格の平均値も110万ドル以上と、持ち家取得のむずかしさはニューヨークやホノルルとほとんど変わらないのです。


それにしてもアメリカでは都市圏ごとにあまりにも世帯所得の中央値が違うことに驚きます。デトロイトやクリーブランドとカリフォルニア州フリーモントのあいだには、世帯所得中央値で4倍以上の差がついているのです。公共交通機関のお粗末なアメリカでも、大都市には細々と運行されている市街電車やバスがあるのでこうした交通機関にしがみつくように貧しい人たちが住んでいて、世帯所得の中央値を引き下げることになります。


一方、近隣商業施設にはクルマがないと行けないというような小さな町では、自動車を持てない世帯は住みつくことができず、当然世帯所得中央値も高めになります。また、州によって程度の差はありますが、アメリカでは新しい自治体を設立したり、自治体規約を多数決で大きく変更することがかんたんにできるので、かなりの高額所得者でなければ住めないような小さな町も点在しています。


上のグラフには、そうとうアメリカの地理にくわしい方でも聞いたことがないような小さな町なのに世帯所得中央値が10万ドル(約1100万円)を超えている都市圏が出ています。これは、かなり露骨な所得制限付きの自治体規約を持っていたり、高い塀をめぐらし、厳重な出入りの管理がついていることをウリにした「ゲイテッド・コミュニティ(柵で囲まれた自治体)」を擁する町だったりする可能性が高いと思います。


さて、次にご覧に入れるのは全米で約100の都市圏を住宅価格の世帯所得に対する倍率順に並べたとき、いちばん低いほうから10都市圏、そしていちばん高いほうから10都市圏を抜き出した表です。もちろん、この倍率が低いほど家を持ちやすい町、高いほど家を持ちにくい町ということになります。

 



 

ワースト10から見ていきましょう。3位のハワイ州ホノルル、4位のニューヨーク州ニューヨーク、7位のフロリダ州マイアミ以外は全部カリフォルニアの都市です。温暖で夏もあまり暑くならない、映画の都ハリウッドがある、北米大陸最大・最良のワイナリー地帯がある、開拓時代に原生林を伐採しすぎたアメリカ国内としては、比較的豊かな緑が残っている、太平洋に面した雄大な景色の場所が多いなどなど、魅力の多い州です。それにしても、住宅価格は高すぎでしょう。


ベスト10に眼を転ずると、1位のデトロイトと世帯所得はほぼ同一でも住宅価格がやや高めなので9位にとどまったクリーブランドのあいだに、インディアナ州フィッシャーズやテキサス州パーランドといった、高額所得者の多い小都市が割りこんでいます。金持ちばかりが大挙して押しかけると、庶民には割高でも金持ちにとっては取得しやすい価格の住宅が多い町にすることができるのでしょう。こうしてアメリカは、日本の郵便番号に当たるZIPコードさえ知れば、住んでいる人の所得水準もわかるというほど住宅地差別の激しい国になってしまったのです。


このニュースでは「所得の低い人にも家を持つという夢が達成できる町」として推奨されていたデトロイトやクリーブランドは、ほんとうに貧しい人々にも住みやすい町なのでしょうか。まず問題なのは、どちらも、ミズーリ州セントルイス、メリーランド州ボルチモア、ルイジアナ州ニューオリンズと並んで、人口10万人当たりの殺人事件被害者数ワースト5の常連だという事実です。なまじ家を持ってしまって、まだ住宅ローンの残債も多いという状態では、殺人、強盗、放火といった事件の多い地域だったとわかっても、なかなか簡単に引っ越せません。


景観を見ても、暴力犯罪の多い町にふさわしく荒涼とした場所が多いようです。次の2枚組写真をご覧ください。

 



 

19世紀末から20世紀初頭にかけてのデトロイトの目抜き通りに立ち並んでいた、いかにも成り金趣味のごてごてと過剰装飾を施した豪邸街の写真と、櫛の歯が欠けるように次々と取り壊されていって、ついに比較的装飾の少なかった地味な家1軒だけが残っている現状の写真です。町全体がこれほど極端にさびれているわけではありませんが、ちょっと道を間違えるとこうした光景に出くわすのは、あまり長く住みつきたい環境とは言えないでしょう。


市当局や地域のコミュニティも手をつかねて傍観しているわけではなく、比較的保存状態の良いかつての豪邸を昔の姿に忠実な復元工事で再生させるといった努力もしているようです。次の2枚組写真はそうしたプロジェクトのひとつです。

 



 

たしかに、この豪邸の復元にはかなりの努力をそそいだのでしょう。しかし、隣接しているのは、まだ建築途中で養生パネルに覆われているうちから、いかにも安っぽい新建材を多用して、間取りも外装も同じにして、大量施工でコストを抑えた形跡濃厚な、おそらくは低所得層向けの住宅群です。角地に建つ古風な豪邸というランドマークの対照がおもしろい取り合わせになるだろうという構想だったのかもしれません。しかし、どちらも作り物めいて見えそうな気がします。希望に満ちた若い世帯から入居申込みが殺到するプロジェクトには、ならないでしょう。


最近のデトロイトで最大の皮肉な話題は、自動車産業最初の巨大企業、フォード社がもう半世紀以上も立ち腐れ状態で放置されていたデトロイト市街中心部のミシガン・セントラル駅の駅舎を買い取って、多目的ビルに再開発する意向を表明したことでしょう。1930年代には全米でも有数の乗降客数を誇った駅ですが、アメリカのクルマ社会化とともに衰退し、次の写真でもおわかりいただけるようにもう何十年も荒れ果てた姿をさらしてきたビルです。

 




現代アメリカでは、ニューヨーク、サンフランシスコ、ボストン以外には、街歩きの楽しみが残っている大都市は皆無に近く、今さら大きな入れ物を造れば活気を取り戻せる状態ではありません。おまけに、デトロイト市内には、フォード社にとって永遠のライバルとも言うべきGMが「ルネサンス・センター」という超高層ビル群中心の市街地再開発プロジェクトのキーテナントになっていますが、このプロジェクトがみごとにこけたという実績があります。


建物自体は豪華なのですが、あまりにも近隣の荒れ果てた住宅や建物との落差が大きすぎて、デトロイト市内に存在する貧富の格差の象徴のようになっているのです。しかもこのルネサンス・センター、もともとはフォード主体で開発を進めフォード本社も入居していたのですが、1990年代半ばに当時からすでに資金繰りの苦しかったフォードが、当時は羽振りの良かったGMに売り渡したといういわく付きのプロジェクトなのです。


現状では、フォード社のほうがGMよりは財政的に安定しています。ですが、どちらも日本車を中心とする外国メーカーとの競争に負けつづけてじりじり市場シェアを落としている状態です。そのフォードが、ルネサンス・センターを維持できなかった前例にも懲りず、今ごろになって自動車産業が衰退させた鉄道文明の象徴ともいうべきミシガン・セントラル駅を買い取って、都心部再開発プロジェクトに再挑戦するというわけです。


本業の設備投資も研究開発投資もあまり巨額を投じる価値を見いだせる使途が見つからないのでしょう。それにしても、もう少し気の利いたカネの使い方があるだろうと思わずにはいられません。


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