アメリカの大都市が、都心部から壊死していく
こんばんは
一見絶好調のアメリカ住宅市場だが…
まだコロナ禍で厳重なロックダウンをしていた都市が多かったころから、「アメリカの住宅市況は好調だ」と言われてきました。
たしかに、都市圏ごとの取引実績を見ると、この主張は正しそうに見えます。軒並み成約価格はかなり上昇し、在庫が払底していて、売主側の提示価格より高値での成約が増えています。
ですが、私は正反対だと思っています。
中古住宅の成約価格は、工業製品などと違って、1戸ごとに立地、設備、調度、設計の良しあしなどがまったく異質の物件についての価格を比べています。
ですから、取引事例の平均値を見ても実情はほとんどわからないと考えるべきです。
たとえば2007~09年にサブプライムローン・バブルが崩壊したときなどは、もともと家を買うのはむずかしい人たちに無理な資金計画で買わせてしまった低価格物件が担保流れでどっと市場に出てきたので、取引価格は大幅に低下しました。
現在は、比較的高額物件が中古市場に出回っています。
とくにめったに歩いていて楽しい街のないアメリカには珍しく、歩ける場所に大都市の多種多様な楽しさを満喫させてくれる都市、サンフランシスコ、ニューヨーク市マンハッタン区、ボストン旧市街などで、豪邸が売りに出ているケースが多いのです。
こうした街の都心部に住んでいた大富豪は、もともと治安の悪化に不安を抱いていました。
そこで、ロックダウンが実施されてしまうと、大都会の魅力が薄れたと見切りをつけて、郊外や遠く離れた州の中小都市などに住み替えているからです。
こうなると、住宅業界は大盛況です。
都心の高額物件には、長年にわたって潜在需要が蓄積していました。
ほかの市に住んでいたり、同じ市内で家賃の高い賃貸住宅に住んでいたりした高額所得者が、やっと売りに出た物件に殺到するわけです。
また、大都市から出ていく大富豪たちも郊外や他州の中小都市で大規模な豪邸を建てますから、どちらでも平均取引価格が上がります。
家賃相場はまったく違う
でも、国民全体が豊かになったための住宅価格上昇でないことは、次のグラフに出ている魅力的な大都市の家賃中央値を見れば一目瞭然です。
1寝室というのは日本流に言えば2DKか1LDKで、決して広い物件ではありません。
そういう物件の家賃中央値(上から下までのまん中に位置する物件の家賃)が、コロナ禍勃発直前のサンフランシスコ、ニューヨーク、ボストンなどの人気都市では、月に3000ドル(約33万円)以上していたわけです。
そうした高額賃貸住宅に住んでいた人たちが念願かなって持ち家に住み替えたあとの空室は、どの程度値下げすれば埋められたのかを見てみましょう。
サンフランシスコでは25%近く、比較的値下がり幅の小さかったロサンゼルスでも15%以上の値下げです。
これが、表面的には大盛況のアメリカ住宅業界の実情なのです。
その一方で、治安が悪かったり、街並みが荒廃していたりする、いわゆるラストベルト(錆びついた帯)地域の中小都市では、中央値が約800ドルだったインディアナポリスで20%強、約700ドルだったデトロイトで10%強とかなり大幅な値上がりになっています。
アメリカでは、ロックダウンなどで勤労所得だけに頼る世帯では年収が低下する一方、株などの金融資産を持っている大富豪はますます資産を拡大し、貧富の格差は広がりつづけています。
それなのに、安いところで上がり、高いところで下がっているのです。
なんとか、高い家賃を払って人気都市に住んでいた世帯が、そうとう家賃の低い郊外や中小都市に引っ越しているのは、間違いありません。
カリフォルニア州でさえ、人口が減少に転じた
次のグラフに、この動きを象徴するような人口の変化が出ています。
カリフォルニア州の人口は4000万人弱で、全米50州で最大です。
おそらく、1849年にゴールドラッシュでどっと増えたとき以来、人口が減少した年はなかったのではないでしょうか。
そのカリフォルニア州の人口が、2020年には0.5%減少しました。
とりわけ人気の高いサンフランシスコ郡では、一挙に1.7%も減少しました。
クルマ社会化した都市の問題点が噴出しているロサンゼルス郡では、過去3年続けて人口が減少しています。
また、大都市の問題があまり顕在化していない、シリコンバレーの小都市中心の2郡でも人口は減少に転じています。
アメリカ経済にとって深刻なのは、これがたんにコロナ禍による一過性の問題ではなさそうなことです。
ドイツ銀行調査部が調べた在宅勤務の利害得失に関するアンケート結果が、次の2段組グラフに出ています。
アメリカの勤労者の大半が在宅勤務に好意的で、とくに通勤の必要がなくなったことが最大の利点だと答えています。
一方、最大の難点は同僚と面と向かって話し合う機会が減ったことです。
しかし、ベテランはあまりこの問題を苦にせず、経験の浅い人たちは先輩からの実地訓練を受けられないことをかなり深刻にとらえているという温度差があります。
難点として勤務後の交際機会の減少を挙げた人は13%で、私が想像していたよりかなり低い得票率でした。
ほとんどのオフィスワーカーがマイカー通勤をしているアメリカでは、そもそも退社してから他社、他業種の人と飲み食いすることが少なかったのではないでしょうか。
勤労者の大部分が「飲酒運転でつかまったり、事故を起こしたりしたら大変だ」と思っている国では、大都市の消費者向けサービス業の多種多様な選択肢の価値がかなり昔から希薄化していたのではないかと推測できます。
大都市中心部から勤労者がいなくなったらどうなる?
こうして大都市中心部に大きなオフィスを構える必要がなくなった企業が次々に借りる面積を減らしたり、地方中小都市に移転したりしたら、どうなるでしょうか。
アメリカで都市の荒廃の話題になるとすぐデトロイトを例にとるのも気が引けますが、この町にはひとりの入居者もないまま荒れ放題になっているビルがあちこちに見受けられます。
左上は、手前に駐めてあるクルマから見て、1920年代半ばごろの写真しょう。
4階建ては当時としても低層ですが、基準階面積が広く、大きな窓で採光もよく、中で働いている人たちには居心地のいいオフィスだったのではないでしょうか。
右下が無残に変わり果てた現状です。
アメリカでは、土地を持ちつづけ、買い入れるコストが取り壊し費用に比べて低いので、重厚長大産業華やかなりしころ栄えていた都市のあちこちに、廃墟と化して放置されているビルが散在しています。
多種多様な中小零細事業者の集積こそ、サービス産業主導の現代経済を牽引する最大の原動力です。
その原動力が、廃墟と化した超高層オフィスビルによって分断されてさびれていく。
デトロイトの現状は、今世紀半ばのアメリカ大都市の姿を示唆しているように思えます。
読んで頂きありがとうございました🐱
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コメント
アメリカ社会の荒廃ですね。
ご投稿ありがとうございます。建物を取り壊すより、新しい土地に新しい建物を建てる方が安上がりなモノの豊かな国では、心が荒廃し始めると、歯止めの効かない衰退への道を辿るようです。