インフレ・デフレと政治・企業における長期「政権」の是非について――ご質問にお答えします その9
こんばんは。今日は前回の投稿に続いて、日本経済の現状をどう考えるかについてのご質問にお答えします。
アメリカは経済実態においては1890年ごろから、制度的には第二次世界大戦中のブレトンウッズ協定によって、世界で唯一金によって価値を保証された通貨を持った国として世界経済の覇権を握りました。
ご質問は、多岐にわたっております。
ですが、結局のところ、「政府首脳陣や企業経営者はしっかりとした長期的視野を持ってことに当たるほうが、そのときどきの情勢に押し流されて右往左往するだけの、たとえば日本の現状より良いのではないか」ということに、いささか強引にまとめさせていただきました。
そのご質問に対するお答えも、かなり持って回った書き方になってしまうのですが、少々ご辛抱いただいて、お付き合いください。
20世紀以降は慢性インフレの世界
20世紀に突入してからつい最近まで、世界経済の最大の特徴はなんだったかと考えると、私は1930年代大不況前後の約12年間をほぼ唯一の例外として、デフレがなく、物価が上がり続けたことだと考えています。
たとえば、第二次世界大戦後生まれの人たちの中では、物価とは程度の差はあれ、どんどん上がっていくばかりの経済指標だと感じている方が多いのではないでしょうか。
じつは日本は、先進諸国の中では珍しくこの慢性的な物価上昇を克服した珍しい国ではないでしょうか。
それでいて、慢性的に経済規模が縮小してしまうほどの大幅なデフレにも見舞われず、ほぼ一貫してゼロインフレという状態です。
貯蓄などの資産が目減りもせず、坐って待っているだけで増加するわけでもなく、自分の労働の成果を確実に守りたい人たちには理想的な経済環境だと私は思っております。
実際に19世紀以降の世界経済がどういう金融環境の中で成長してきたかを、データに即して見ていきましょう。
ご覧のとおり、19世紀のアメリカではインフレになれば、そのあとには必ずデフレが来て、長期的には貨幣価値があまり極端に下がらない状態でした。
イギリス、フランス、ドイツなどその他の先進国も、ほぼ同様でした。
ところが、20世紀に入ってからは、1930年代大不況期だけがデフレで、あとは全面的にインフレとなっています。
インフレとは同じ品質のものを同じ量買うのに必要な金額が増えることです。つまりおカネの価値が慢性的に下落する世の中になってしまったのです。
そうなってからの世界経済は、次々に金融危機に見舞われる不安定なものとなりました。次のグラフに描かれているとおりです。
そのアメリカが自分から金によって価値を保証された基軸通貨という特権を放棄せざるを得ないほどインフレが深刻な問題となったわけです。
このインフレとデフレが交互にやってくる経済から、慢性インフレの経済への転換は、いったいどうして、だれによっておこなわれたのかについては、昔からさまざまに議論されてきました。
ほぼ共通の理解として、1913年に設立され、翌14年に業務を開始したアメリカの中央銀行である連邦準備制度が慢性インフレの世の中をつくってしまったとされています。
ご覧のとおり、1990年までの日本は、G7諸国の中でも下から90%の実質所得ではぶっちぎりの高い伸びを確保していました。
ですが、ここは推理小説の定石どおりに、慢性インフレの世の中でいったいだれが得をしたのかという視点から考えてみるべきではないでしょうか。
インフレはだれに有利な金融環境か?
あっさり言ってしまえば、インフレでいちばん得をするのは、大きな借金を抱えがちな立場にある人や経済組織です。
返済しなければならない元本の実質価値は、時が経つにつれて目減りしていくからです。
たとえば、巨額の融資を受けたり、社債を発行したりして大きな設備投資をする企業、個人や中小企業から零細な資金を低利の預金として借りて、それより高い金利で貸し付ける金融業界、そして税金だけではまかなえない戦争や公共事業などを遂行したがる国や自治体などがその代表です。
そう考えると、なぜイギリスからアメリカに経済覇権が移った19世紀末から1930年代ごろまでに、この慢性インフレの世の中への転換も起きたのかがわかりやすくなります。
イギリスが覇権を握っていたころの製造業の花形業種は、綿紡績、綿織物、銑鉄や鋳鉄を造る製鉄業などで、あまり大きな規模の経済は働いていませんでした。
ところが、アメリカが覇権を握るようになってからの花形産業は、鋼鉄を造る製鋼業、石油精製業、発電業、自動車製造業といった業種群で、これらの共通の特徴は非常に顕著な規模の経済が働くことです。
こうした業種では、大きな借金をしてでも、莫大な設備投資によって大規模な生産設備を他社より先に構築した企業が圧倒的に有利になるのです。
そして、業界首位企業の市場シェアが2位以下を大きく引き離して、首位企業が価格支配力を持つ、いわゆるガリバー型寡占という市場構造になりがちです。
製鋼のUSスチール、精油のスタンダード・オイル、自動車のGMは、どれも業界全体に対して大きな価格支配力を握ったガリバーでした。
価格支配力を握った企業があれば、当然その業界全体で製品価格は高くなりがちです。
だからこそ、慢性的なインフレの世の中は、1930年代大不況という最後の大デフレ期を克服したアメリカでまず定着し、その後先進諸国にも広がったのです。
インフレの弱点は何か
しかし、インフレが持続する世の中には大きな弱点があります。
それは、巨額の借金をできる恵まれた立場の企業や個人と、そうではないほとんどの国民、そして大多数の中小零細企業とのあいだで、所得や資産の格差がどんどん広がってしまうことです。
ニクソン大統領が米ドルの金兌換停止(「もう、ドル札を持ってきても、金と交換してあげませんよ」ということです)を宣言し、OPEC諸国が最初の原油価格大幅値上げをおこなった直後の1974年以降のアメリカの国民所得に占める上から1%の人たちと、下半分の人たちのシェアを示しています。
ご覧のとおり、1996年か97年にちょうど15%で交差して、それ以後はどんどん上から1%のシェアが上がり、下から50%の下がって下がっています。
同じ現象を、企業利益対勤労者の賃金・給与で見たのが、次ググラフです。
こちらも、前のグラフとほぼ同様に、1970年代半ばをピークに勤労者の賃金・給与の取り分が延々と低下しています。
ただ、前のグラフと違うところにもご注目ください。
日本がアメリカ経済にとって最大の仮想敵国だった1980年代を通じて、アメリカの企業利益の取り分も賃金・給与と同じように下がっていたのです。
しかし、1989年末にピークに達した日本の地価・株価バブルが崩壊し、日本経済が沈滞しはじめた1990年代以降は、アメリカの企業利益は急激にGDP中のシェアを上げているのです。
「今や中国がアメリカ経済最大の仮想敵国で、アメリカはいつ中国に追い抜かれるか戦々恐々としている」とおっしゃる方たちの経済認識は、やはり間違っています。
アメリカの企業経営者たちは、中国経済の成長を大歓迎しているのです。
ただ、アメリカ経済にも深刻な悩みがあります。
それは、すでにご覧いただいた貧富の格差が拡大していることだけではありません。
金利の低下や米国債の買い入れなどを通じた金融市場への資金注入といったあらゆる手段を講じて、景気を活性化しようとしても、インフレ率も上がらないし、設備投資や研究開発投資といった、本当に実体経済を拡大する方向への資金の流れが一向に増えないのです。
次のグラフが、この手詰まり状態を端的に示しています。
えんじ色の点線で示した消費者物価上昇率は、1980年にピークを打ってから、山も谷も徐々に低くなっています。
これはもちろん、どんどん新製品が売りさばける状態ではなく、従って企業各社も先を争って設備投資や研究開発投資をするような景況ではないことを示します。
政府・金融当局は黒の実線で示した金利を下げて、なるべくカネを借りやすくしています。
でも、企業買収や未上場株投資、あるいはまだ買収先も決めていないのに買収資金だけを先に募集する特別買収目的会社などのマネーゲームに流れてしまって、実体経済の活性化にはつながっていません。
なぜでしょうか。
経済そのものの構造が変わっているからです。
もう製造業ではなくサービス業主導の経済になっている
現代経済はもう、設備投資や研究開発に巨額の資金を必要とする「資本集約型」業種は地盤が沈下し、あまり資金を必要としない「非資本集約型」業種が大活躍する時代になっているからです。
その成長力の差には、眼を見張るべきものがあります。
一目瞭然というべきでしょう。
世界的に見て、資本集約型業種の株価は30年かけてわずか2倍になっただけです。
一方、非資本業種の業種の株価は、同じ期間内に約18倍になっています。
ひとつだけ注釈が必要なのは、このグラフでは非資本集約型に入っている薬品・バイオテクノロジーは、設備投資こそ小さいですが、研究開発では資本集約型だということです。
ですが、薬品・バイオテクノロジーを資本集約型に組み替えたとしても、この成長格差の差はほんの少し縮むだけでしょう。
今や、製造業や鉱業は沈滞し、サービス業が伸びる世の中になっているのです。
私は、2007年のアメリカにおけるサブプライムローン・バブル崩壊に端を発した国際金融危機は、2027年まで21年間続くと見ています。
この危機が世界史上に占める位置は、すでに実体経済では完全に終わっている「製造業主導からサービス業主導への転換」を、かつての主役であったガリバー型寡占企業、金融業界、そして国や自治体にまで認めさせることだと考えています。
もちろん、一度でも舞台中央で主役を張って脚光を浴びていた人たちが、おとなしく脇役に回ったり、舞台から降りたりはしないでしょう。
あらゆる手段を使って、主役の座にしがみつきつづけるでしょう。
今回のコロナ騒動も、もう20~30年続いている地球温暖化危機説も、何がなんでも投資が経済を引っ張る世界を守りたい人たちが、意図的に過剰投資・重複投資をあおっているのだと考えると、非常にすなおに納得できます。
現代は長期戦略なしで漂うほうが有利な時代ではないか
ただ、時代の趨勢はもう引き戻せません。
製造業主導からサービス業主導に変わると、経済・政治・社会においてどんな変化が生ずるでしょうか。
ざっとまとめるだけでも、以下の表に書いたとおりの違いが出てくるはずだと思います。
ご注意いただきたいのは、ガリバー型寡占になりがちな重厚長大産業が花形業種である時代は、経済動向を決定する主体が一握りのエリートであるだけではなく、政治においても、一元化、集中化、上昇志向に溢れるアメリカ的な大統領制が幅を利かす世の中になるということです。
それどころではありません。
一見、支配階層と正反対の主張を持っているはずの左翼革命運動の側でも、権力の集中に批判的なアナキズムやサンディカリズムは勢力を弱め、あらゆる左翼運動の中でもっとも権力の集中に熱心なマルクス・レーニン主義が主流となります。
この大きな枠組みが崩れないうちは、もちろん長期的視野に立った戦略を講ずることのできる安定政権や、経営者の任期の長期化が有利でしょう。
でも、その枠組み自体が崩れたらどうでしょうか。
何ごとに対しても無策であるよりは、計画を持っていたほうが有利でしょうか。
むしろ、「世界はこうなるはずだ」とか「人間はこう動くはずだ」といった予断を持たずに、状況に流されるままに漂っていたほうが、有利な場所に着地できるのではないでしょうか。
それにしても日本の労働生産性はあまりにも停滞している
ただ、明らかに現代日本は、このまま状況に押し流されていればいいとは思えません。
明らかに、1990年を境に日本はたんにサービス業主導経済への転換を他の先進国に先駆けて実行したと喜んでいられない事態が生じていました。
それを示すのが、次のグラフです。
それが、1990年以降はあのアメリカでさえ、低水準ではあれ横ばいを維持しているのに、日本は下がっているのです。
いったい何が起きたのかというと、当時欧米かぶれの経済学者や知識人が、「日本は終身雇用制で守られているから、テレテレやっていても自動的に昇給する正規雇用者が多くて、労働生産性が低い。もっと欧米風にパフォーマンスの悪い雇用者は切り捨てるべきだ」と主張し、実際にそれまでずっと1~2%台だった失業率が3~5%台へと急上昇したのです。
それでも、欧米諸国の失業率に比べれば低かったのですが、あまり「自分も失業するかもしれない」と思ったことのなかった日本の勤労者たちは、低い賃金・給与で自分の仕事を安売りしてでも職の安定を確保しようとしたのではないでしょうか。
いつクビを切られるかわからないという状態にしておかないとサボる人の多い欧米諸国に比べて、安定した職を持っていないと能力を存分に発揮できない人の多い日本で、中途半端に欧米型雇用に変えようとしたのは、大失敗だったと思います。
なお、このグラフでおもしろいのは、小党派乱立で政治的には混迷が続いているイタリアが、おそらく現時点では日本を抜いてG7諸国でいちばん下から90%の実質所得の伸びている国だろうということです。
1974年までは下から90%の所得データがなかったというのも、いかにもイタリアらしいと思います。
ただ、エリート志向のしみこんでいるアングロサクソン諸国よりは高いけれども、ドイツやフランスよりはやや下だったという出発点の位置取りは、たぶん正しいでしょう。
政治が無為無策に終始しているからこそ、イタリアの庶民生活はあまり悲惨にならずに済んでいるし、これから製造業主導経済の主役たちを退場させるための混乱期が続いても、なんとかうまく切り抜けるだろうと確信する次第です。
また、日本も大衆レベルでの平均的な知的能力は高い国ですから、これにイタリア的なルーズさが加われば、絶対にサービス化経済の先端を行く国になれるはずです。
読んで頂きありがとうございました🐱
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コメント
いつもですが----
[政治が無為無策に終始しているからこそ、####庶民生活はあまり悲惨にならずに済んでいるし、これから製造業主導経済の主役たちを退場させるための混乱期が続いても、なんとかうまく切り抜ける]
[また、日本も大衆レベルでの平均的な知的能力は高い国ですから、これに####的なルーズさが加われば、絶対にサービス化経済の先端を行く国]
になることを、兼ねてから期待している。やはり、政治解体が、微生物が後押しした意味、サイクルは重い現象ですよね。
いつもご投稿ありがとうございます。
お褒めいただき恐縮です。いえいえ、まだまだ未消化の材料を投げ出したままでして、
もう少し整理しながら、深めていきます。
ご期待ください!
いつもご投稿ありがとうございます。
そうですね。欧米諸国がアジア・アフリカ・中南米を征服し、そこに土着していた人々の命を奪うのに、銃や大型帆船や大砲や火薬以上の威力を発揮したのは、欧米諸国民はさまざまな疫病への免疫を獲得していたのに、彼らが征服した地域の人たちはほとんど免疫がなかったことでした。
世界資本主義の幕引きが切迫してきたとき、彼らが最後の武器としてくり出してきたのが、中途半端な「疫病」とその疫病よりはるかに怖いワクチンもどきだという事実に、不思議な因縁を感じます。