来るのはインフレか、デフレか?
今日はつい最近刊行されたインクレメンタム社の『In Gold We Trust(ゴールドゆえに我信ず)』の2021年版について書きたいと思います。
年1回刊行される金(ゴールド)を中心に据えた経済・金融資料集で、何かと重宝なデータが載っています。
アメリカの消費者物価急騰は何を意味するのか?
2021年版で最大の話題は、やはり今年の4月にアメリカの消費者物価指数が突然前年同期比で4%台に乗せたことでしょう。
下のグラフでご覧いただけるように、日本に比べればだいぶ物価上昇率の高いアメリカでも、消費者物価指数が前年同期比で4%台の伸びを見せたのは、ほぼ10年ぶりのことです。
もちろん、この急上昇の背景としては、去年の4月の数値がちょうどコロナ騒動が本格化しはじめ、消費が沈滞していたため前年同期比ほぼ±0%と、アメリカとしては非常に低い水準だったことに対する反動という要因もあります。
ですが、2007~09年の国際金融危機以降、ほぼ一貫して下げつづけてきた商品市況の専門家たちの中には「これで世界最大のアメリカ経済がインフレ基調に転換した。長年安値に抑えられてきた商品市況のスーパーサイクルが始まる」と主張する人も出てきました。
商品市況のスーパーサイクルというのは、だいたい50~60年ぐらいの間隔で、鉄鉱石、銅、セメントなどの主として製造業や建設業で素材として使う原材料の価格が暴騰するという主張です。
たしかに、次のグラフを見ていますと、今後おそらく2045年ごろにピークアウトするまで、商品価格の変化率は6~8%の下落から12~16%の上昇へと急転換しそうに思えます。
でも、こうしたサイクル論を唱える人たちが陥りがちな盲点があります。それは経済の動きは、「上がれば下がる、下がれば上がる」という循環的な動きとともに、長期的な傾向として違った方向に向かうこともあることです。
1990年代を境に長期的な傾向が変わった
あまり細かい数字にこだわらずに上のグラフを見ていても、だいたい1980年代と1990年代あたりを境に、違う動きとなっていることがわかります。
1990年代半ばを底として始まったサイクルは、結局2008年ごろの天井でも過去のピークを結んだ位置には届かず、その後の下げは過去の大底よりかなり低い位置に下がっています。
いったい、何が起きていたのでしょうか。
ほとんどの先進国で消費支出の約3分の2をサービスが占めるようになり、工業製品のシェアが15~30%にまで低下していたのです。
製造業主導経済の時期には、なるべく大きな製造装置を確保し、なるべく多くの原材料をまだ安いうちに買っておいて、大量生産でたくさんの製品を売ったほうが得です。
景気が良くなりそうだと思ったとたんに、原材料の買い占め競争が起き、インフレになります。
安く買った原材料でコストの低いものをインフレのおかげで高く売ることもでき、借金をして造った大規模生産装置の元利返済負担もインフレによって低下します。
だから、意欲的に規模を拡大した企業ほど販売価格でも、コストでも得をするわけです。それが、過去の商品市況のスーパーサイクルを支えてきたわけです。
でも、サービス業指導経済では景気が良くなりそうだからと言って、買いそろえておいたほうが得だという原材料はあまりありません。
サービス業主導経済になってからのインフレ率は確実に低下していることを、下のグラフで読み取ることができます。
ご覧のとおり、1980年代の64%に比べて90年代の物価上昇率は34%と、ほぼ半減しています。
そして、2000年代には28%、2010年代には19%と、年代を追って10年累計の物価上昇率が下がりつづけています。
これはもう、サイクルの中でも上下運動ではなく、趨勢として物価上昇率が下がっているのだと考えるべきでしょう。
アメリカが日本化する
今後のアメリカの物価上昇率は、どうなるでしょうか。
今さら、巨額の設備投資をしたほうが有利という製造業全盛時代が戻ってくるわけはありません。
消費者支出の約80%がサービスに向けられているアメリカの物価上昇率は、おそらく日本同様に低下するでしょう。
次のグラフのように、0%を中心にほとんど上下1%の範囲内で動くようになると思います。
デフレ、あるいはゼロインフレは、自分が働いた賃金や給与所得で食べていく人たちにとっては決して不利な経済環境ではありません。
大きな借金をして積極的に事業拡大を目指す人たちには、借りたカネの返済負担がちっとも減らなかったり、増えてしまったりするので、大変ですが。
コメント
日本が随分と実態的に経験していることですね。
コメントありがとうございます!
そうです。1990年代からです。
ヨーロッパの約20年先、アメリカの約30年先を行く、まさに課題先進国です。