知っているようで知らないGDPとGNPの違い――ご質問にお答えします その8
こんばんは、今日は前回の投稿とツィッターでの発信について、とても鋭いご質問をいただいたので、それにお答えしたいと思います。
おととい、世界で金融業以外の企業の総債務が大きな国トップ3はどこの国かというグラフをご紹介しました。
まずそのグラフを、ご覧いただきましょう。
データが示す小国の有利さ
1位がルクセンブルク、2位が香港、3位がアイルランドという順番です。おそらく、意外に思われる方が多いでしょう。
じつは、この3ヵ国には2つ共通点があります。1つ目は、どこも国土も人口も小さな国だということです。
そして、もっと大きな共通点は、3ヵ国とも1人当り国内総生産(GDP)も労働生産性も高い、経済学者たちに経済運営がうまくいっているとほめそやされることの多い国々だということです。
ご質問:正直なところ、ここまで読み取ってくださる方がいらっしゃるだろうかとのですが、すぐに「これは、次のデータとなんらかの関係があるでしょうか」とのご質問をいただき、驚きました。
そうです。ルクセンブルクとアイルランドは、1人当りGDPと労働生産性でOECD諸国の中で首位争いをしている優等生たちなのです。
香港は建前としては中国の一部ということなので、OECDに加盟していません。ですが、もし加盟していたら上位争いに顔を出すでしょう。
ちょっと昔から国際経済に興味をお持ちだった方なら、不思議に思われるでしょう。
「約10年前には、アイルランドはイタリアやスペインやポルトガルやギリシャと並んで、借金の重荷に押しつぶされてしまいそうなかわいそうな国と言われていたんじゃないかな。いったいどこがどうかわったんだろう?」という疑問が出てきて当然かもしれません。
じつは、ヨーロッパの「お荷物」扱いされていたころと比べて、アイルランド経済が画期的に良くなったわけではありません。
アイルランドの国内経済は、やはりイギリス、ドイツ、フランスといった国々と比べると沈滞しています。
小国の利点は金融中継取引の拠点になれること
ただ、アイルランドのような小さな国には、1人当りGDPや労働生産性をかんたんに上げることのできるマジックがあります。
それは、新興国や発展途上国での事業拡大を図る先進諸国の大企業に、低い法人税などの特典を用意して、自国に海外事業のための本社を設立してもらうことです。
その有効性は次のグラフでも読み取っていただけるでしょう。
この2枚組グラフは、アメリカからの対外投資が、どんなに大きくヨーロッパやカリブ海などのタックスヘイブンに集中しているかを示しています。こうした国々に大きな投資案件があるわけではありません。
海外投資をするとき、アメリカ国内の本社から投資先の現地法人にカネを出すより、一度法人税率の低い国に出して、そこから資金を回したほうが、節税になるのです。
中国、日本、ドイツ、フランス、イタリア、インドといった大きな投資案件がありそうな国に直接行っている資金量は微々たるものだということが左右のグラフを見比べるだけでおわかりいただけると思います。
先進諸国の大企業にとって、ルクセンブルクやアイルランドに本社のある「現地法人」は財務や税務を担当する経理部が、独立採算制で収益をあげているようなものです。
たとえば、金利の低い先進国で借りた資金を金利の高い新興国の工場に回したときの利ざやとか、本国でも進出先でももっと高い法人税を取られるはずの収益から、納める税金を節約できたといったことから生ずる儲けが、ごく小人数のオフィスワーカーだけで達成したことになるのです。
1人当りGDPも労働生産性も、高く出て当然でしょう。
ただ、ここには大きな落とし穴があります。それは、この「儲け」は国民全体に行き渡るわけではないことです。
国内総生産(GDP)と国民総生産(GNP)は違う
ある国の経済規模を測るときに使う指標にもいろいろありますが、代表的なのは国内総生産と国民総生産でしょう。
1970年代までは、たとえば経済が優先されすぎる考え方を打破しようという人たちは「くたばれ! GNP」と言っていました。1980年代に入ってからはGDPを使うことが圧倒的に多くなりました。
その違いは、次の模式図のとおりです。
かんたんに言うと、GDPとは「どこでおこなわれる経済活動か」に焦点を当てた指標で、GNPは「だれがおこなう経済活動か」に焦点を当てた指標なのです。
つまり、「法人税をお安くしますから、どんどん我が国に来てください」と先進諸国の大手企業やそこに勤める優秀な人材を呼びこめば、どんどんGDPを上げることができます。
一方GNPは、世界中のどこでおこなっていても、自国民や自国を本拠地とする企業が達成した成果だけを数え上げるわけです。
言ってみれば、芝居を見るときに役者が大事か、舞台が大事かという違いです。私は、国民経済の規模や繁栄度を見るには、GNPのほうがずっと正確な指標だと思います。
それでも「いや、ランキングは絶対に高いほうがいい。世間の風潮がGDP重視で、そのGDPは海外から優良企業や優秀な人材を招けばかんたんに上げられるものなら、そうしよう」とおっしゃる方も、おいでかもしれません。
私は、まったくお勧めしません。
GDP重視の経済政策がうまくいくのは、本当に小さな国だけ
ルクセンブルクは国土も人口も非常に小さく、もともと国内に衣食住に必要な産業がそろっていなくても特段の不都合はない国でした。また、成人のほとんどが大学卒で2~3カ国語は流暢に話し、多国籍企業の本社業務を営むには適した国です。
一方、アイルランドは国内の農林水産業や製造業もそこそこに大きく、かんたんに切り捨てることはできません。
そうすると、何が起きるでしょうか。自国民が自国民と自国の企業がおこなっている経済活動と、外国籍の人々や企業がおこなっている経済活動のあいだに、深刻な格差が生ずるのです。
次のグラフをご覧ください。
ご覧のとおり、米日独はそれぞれ自国民が海外でおこなっている経済活動のほうが、外国人が自国内でおこなっている経済活動よりGDPの5%弱大きくなっています。
一方、アイルランドは自国民の海外での経済活動は、外国人が自国内でおこなっている経済活動より15%も少ないのです。
それは、アイルランドという「舞台」を貸しているために、外国籍の人や企業にアイルランド国民が奪われている勤労機会、収益機会の大きさも示唆しています。
そのへんの事情を反映しているのが、次のグラフです。
アイルランドの1人当りGDPはユーロ圏諸国中1位(ちなみにルクセンブルクやリヒテンシュタインのような小国は、このグラフでは省略しています)でしたが、GNPでは6位に落ちてしまいます。
アイルランドという舞台は華やかでも、そこで活躍している役者は外国籍の人たちが主役級で自国民は脇役や端役ばかりというのは、ちょっと悲しすぎます。
最初のご質問についてのお答えが長くなりましたので、それ以外の補足質問へのお答えが走り書きになってしまうことをお許しください。
強いリーダーによる政治の成果は、見かけ倒しが多い
前回のブログで「リーダーは要らない」と主張した理由のひとつが、ここにあります。
アイルランドはイギリスの長い植民地支配に徹底的に抵抗した国で、政治が大好きという人が大勢います。
ですから、法人税を低くして海外から優良企業や優秀な人材を呼びこんで、高いGDP成長を目指すという政策も、決してひょうたんから駒のように出てきたものではなく、かなり意図的な戦略を描いておこなったことです。
しかし、実際には国内で金融業界や外資系企業に勤める一握りの高給取りと、それ以外のほとんどの職業に従事する人たちとのあいだに、深刻な所得格差をつくり出してしまいました。
また、「やっぱり危機的な状況になれば、強いリーダーシップを持った人が必要なのではないか」という補足質問へのお答えは、本当に必要ならそういう人たちは制度の枠組みをぶち壊してでも出てくるという、一見無責任な感想です。
17世紀から19世紀前半までの250年間、徳川幕府のもとで日本国民は、おそらく文明の発展していた国々の中でもっとも平和な世の中で生きていました。政権を担う幕府の重臣たちも、国民もだらけきっていたのです。
でも、欧米列強が日本を狙いはじめたときには、ちゃんと明治維新によって「国民皆兵」という平和主義の徳川幕府ではとうてい無理な政治改革をやってのけました。
強いリーダーは、危機のときだけ出現してくれればそれでいいと思います。そして、日本国民は必要に応じて強いリーダーを生み出すことのできる人たちだと確信しています。
読んで頂きありがとうございました🐱
ご意見、ご感想お待ちしてます。
コメント
先生の都市理論を読んでから眼から鱗落ちました。
ブログ毎回楽しみにしています。
日本国民の意識変えてください!
感染とコロナの検査陽性とは、似て非なることだ。
栄誉から免疫力が基礎。政治権力者達も、地球人の基礎から非グレイトリセットすることだ。
コメントありがとうございます。
とても嬉しいコメントで、書いていて本当に励みになります。
これからも、長く読み続けていただきたく存じます。
また、ブログの内容や、世界経済のこと、都市のあり方などについて、ご質問がありましたら、お気軽にお尋ねください!
コメントありがとうございます。
いや、21世紀がまがいやもどきの続々登場する時代になることは、折り込みずみのつもりでした。でも、アヘンもどきや戦争もどきばかりか、ワクチンもどきがこれほど大手を振って罷りとおるとは、想像もしていませんでした。