計画どおりに行くこと、行かないこと――人工都市を育てるのはむずかしい
こんばんは
こうした息の長い反対運動が続くのも、地域住民の方たちにとって大規模再開発で生活環境が良くなるわけではなく、地方自治体の官僚や共産党の幹部が自分たちの出世のための「業績」づくりをしているだけだということがバレているからでしょう。
なぜ北京の公園に「山水都市」が
今週の水曜日にお集まりいただいた勉強会では、久しぶりに都市論をテーマとして取り上げました。
趣旨は、「都市の魅力は日常生活を便利で快適に過ごすためのざまざまな施設が密集していることにある。だが、自動車ばかりに移動手段を頼りすぎる都市では、自動車交通の流れを維持するために都市の密集性を保つことがむずかしくなっている」ということでした。
ただ、今回のプレゼン資料の中で、私自身の準備不足で実際に進行中のプロジェクトと、世界中の都市をどう改善すべきかという提案にとどまるプロジェクトの区別がしっかりできず、ご参加の皆さんのご質問に間違ったことをお答えしてしまった部分もあります。すみません。
そこで、現在工事が進行中のふたつのプロジェクトがどんな課題に直面しているのか、そして実現しそうだったもうひとつのプロジェクトが、結局実現しなかったのはなぜだろうかといった点について、補足説明をさせていただきたいと思います。
難関に直面する成都グレート・シティ開発
まず、市内の人口だけでも約880万人、周辺地域を合わせると1600万人という中国全体でも有数の大都市である、四川省の省都、成都の「グレート・シティ」開発です。
成都の中心部はかなり成熟した市街を形成しています。中国固有の民間信仰である道教の寺院なども多く、お寺の境内でのんびりお茶を飲む人たちがゆっくりくつろげる場所の多い町でもあります。
その成都に、次の俯瞰図で見るような高層ビル街区を創出しようという大規模プロジェクトが出現したわけです。
私は、あれだけ成熟した市街を取り壊して更地にしての再開発は無理だろうから、まだあまり人の住んでいない広々とした土地を確保して、白紙の状態から建てていくのだろうと思っていました。
ところが旧市街の中心部ではないけれども、成都天府国際空港周辺のそれなりに発展していた地域からほとんどの住民を立ち退かせてこのプロジェクトの敷地を確保したようです。
中国では、いまだに土地は全部国有で、個人も企業も国から長期借地権で土地を借りているだけの状態が続いています。
そして、たとえ契約上は数十年借り続けられるはずでも、実際には政府が「大規模再開発の用地にするから出ていけ」と言えば、即刻立ち退きを命じられることもあります。
ただ、この成都グレート・シティ計画の場合、根気よく立ち退き反対運動を続けている人たちがいます。
たとえば、次の写真でご紹介するゾウ・ウェンミンさんです。自治体当局からはご本人だけではなく、家族の方々にもさまざまな圧力がかかっていて、きびしい環境に置かれているようです。
ただ、こういう率直な意見を聞き出せるのは、直接取材もし、ゾウ氏の写真も撮らせてもらえるほど信頼を得た海外の新聞記者だからこそなのだという事情もあるでしょうが。
とにかく、少なくとも2019年の時点では、成都グレート・シティ再開発は、当初の竣工予定より大幅に遅れており、当初計画どおりの規模で完成するかどうかも、危ぶまれている状態です。
マスダールCO2排出量ゼロ都市開発
ふたつ目の進行中の人工都市開発計画はアラブ首長国連邦に属するアブダビの、マスダール二酸化炭素排出量ゼロ都市プロジェクトです。勉強会の資料では都市全体に日傘をかぶせ、その中で樹木の生育に必要な場所には陽が当たるようにという、斬新な計画でした。
ですが、実際に着手したときのマスタープランは、ご覧のようにずっとおとなしい全体計画となっています。
でも、このプロジェクトは再生可能エネルギー源だけの発電に頼って、全体として二酸化炭素排出量をゼロに抑え、産油国としてのアブダビが石油に代わるエネルギー源を確立するための実験施設だったはずです。
その基本目標がどうやら達成できそうもないのです。
結局は町全体をおおう巨大な日傘というコンセプトが、おそらく実用性に難点があって却下されたためなのでしょうが、個々の建物も細かく風通しをよくしたり、直射日光の強さを緩和するために窓を曇りガラスにしたりと、いろいろ工夫をしています。
「計画は大幅に遅れ、内容も修正を余儀なくされている。2016年の完成を目指して2006年に開発が始まったものの、2010年には計画が見直された。この時点で完成予定時期は2020~25年とされたものの、その後も計画はさらに遅れた。2016年時点では2030年まで先延ばしするとした。」
何より深刻なのは、完成するはるか前にこのプロジェクト内でのエネルギー自給自足体制を確立するという最優先目標を断念したことです。
「計画内容についても、再(生可能)エネ(ルギー)をシティ内で自給するのではなく、外部から調達する方針に変更」するということです。
次の写真でおわかりいただけるように、隣接する広大な敷地に太陽光発電パネルを敷き詰めて電力の供給を受けるだけではなく、それ以外の化石燃料による火力発電の供給を受けることについてもふくみを持たせた表現になっています。
アブダビだけではなく、アラビア半島諸国の気候条件を考えてみましょう。
雨もあまり降らず、直射日光が強いし、発電装置をびっしり敷き詰めて1日中陽射しの届かない場所が増えても、もともと砂漠であまり動植物が生息していなかったので、生態系への悪影響も少なく、太陽光・太陽熱発電にはうってつけの土地柄だと思います。
それでも、結局再開発地域内での再生エネルギー源による発電では、完成時に6万人に達すると想定される人口に見合った発電量を確保することはむずかしいという結論に達したのです。
中国や日本の大都市のような、人口数千万人に達するような大都市圏に電力を供給する必要があるわけではありません。
たかだか6万人がかなり広大なスペースに住んで、市内にも多くの太陽光発電パネルを敷設していて、それでも再生エネルギー源だけの発電では安定供給は見こめないというのです。
もっと日照時間の短い地域では、さらに発電装置の稼働率も低く、何百万人、何千万人単位の人々の生活をまかなうための電力を再生可能エネルギーに頼るのはとうてい無理だということを実証しているのではないでしょうか。
なぜ北京の公園に「山水都市」が
出現することはなかったのか?
勉強会で使った資料の中に、「中国人の自然への崇敬の念を具象化した山水都市」の完成予想図も入れておきました。
滝が途中の岩に当って左右に分かれて流れ落ちる様子をモチーフにした、ビンを縦割りにしたかたちの高層ビル群を描いてありました。
この高層ビル群がそのまま実現することはなかったのですが、その中の1棟だけを北京市民にとても親しまれている朝暘公園の南口正面に建てる計画は、かなり具体化に近づいていた模様です。
「山水都市」プロジェクトを提唱しているMAD建築事務所の共同代表のおひとり、早野洋介氏によれば「建築に対して自然を配置するのではなくランドスケープを中心とし、その周辺として建築が機能するよう設計」されたとのことです。
ですが、北京市内でも中心部に近い朝暘公園は、ごくふつうの庶民の憩いの場といった雰囲気の公園です。
南北約2.8キロ、東西約1.5キロという広大なスペースに、ジェットコースターあり、お化け屋敷あり、子どもたちのための遊具ありという平凡さにホッとするような場所です。
そこに流れ落ちる滝のかたちをイメージした巨大な建物が出現したら、あまりにも場違いではないでしょうか。
とにかく、この建築事務所が手がけた過去の作品を見ると、自然への崇敬の念とか、共感を標榜しているグループとしては、あまりにも奇をてらった外観のものが多いのです。
たとえば、トロント市内に建てられたアブソリュート・タワーという2棟1組の超高層マンションは、基準階の輪郭が楕円形なのですが、その楕円を1階ごとに微妙にずらして建ち上がった姿にうねりを持たせています。
2012年には、Council on Tall Buildings and Urban Habitat(高層建築と都市生活協議会)から、「南北アメリカ大陸で最良の高層建築」という賞も受賞しています。
ですが、正直なところ外観が奇抜だという以外に、この建物が住民にとってなんらかのメリットを提供しているのかとなると、大いに疑問です。
もっと深刻な問題がありそうなプロジェクトも実現に漕ぎつけています。これも激烈なコンペを勝ち抜いて受注した、ハルビン・オペラハウスです。
冬の厳しいハルビンの雪景色の中で遠く上空から眺めればきれいでしょう。
でも、オペラハウスならどの座席からもきちんとステージが見られて、あまり場所によって聴きやすさに差がないような工夫が必要だと思います。
どの程度、そうした本来の目的に即した配慮がなされているのでしょうか。この建物が果たすべき機能より、外観のほうがずっと重視されているという印象は否めません。
北京の朝暘公園に山水ビルが出現しなかったことは、むしろ幸運だったのではないかと思います。
読んで頂きありがとうございました🐱
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