ウクライナ紛争は戦争に発展するのか? ご質問にお答えします その22

こんにちは
このところ連日新聞やテレビを賑わせているホットな話題についてご質問をいただきましたので、今日はそのご質問にお答えしたいと思います。

※3月5日緊急で新しい記事を投稿しました→プーチンはツァーリになる気か?


ご質問:ウクライナは戦争になるのでしょうか?私には茶番にしか見ないのですが?なんだかお粗末な映画を見ている気分です。増田さんのお考えを聞けたら幸いです。

お答え:かんたんにお答えすれば、「まさに茶番です」で終わってしまうのですが、それなりに複雑な歴史的背景もあり、最近の海外大手メディアの報道姿勢に関する問題点も出てきているので、なるべく要点を絞ってお答えしようと思います。

ドンバス地方のロシア帰属願望は切実

まず日本の標準的な報道によれば、ロシアがウクライナ国内の親ロ派勢力を使ってウクライナの領土を侵略しているように見えます

たとえば、新聞やテレビでこういう地図をご覧になった方も多いと思います。


これはもう、日本のマスコミ関係者の多くが「BBC放送が伝えてきたのだからほんとうだろう」と鵜呑みにしてしまったのではないかと思います。

まあ、BBCはイギリス国営の放送網で、西側大手メディアの中では広告料収入に依存していない分だけ中立性を保っているという定評もあるので無理からぬこととは思います。

ですが、「親ロ派占領地」といった表現をそのまま使ってしまうのは、かなり問題があります。まるでよそからやってきたロシア人や親ロシア派の人たちが、元から住んでいた人たちを追い払って居座っているように感じられてしまうからです。

元はウクライナ領内のドネツク州とルガンスク州だった地域をまとめて、ドンバス地方と呼びます。かなり大きな炭鉱があり、その他の鉱物資源も多い土地柄です。

旧ソ連時代、それどころかロシア帝国領だった時代からエネルギー政策の重点地域として多くのロシア人入植者が定住していて、ロシア語を母語としている人たちが多数派という市町村が、クリミア自治共和国と並ぶくらい多い地域なのです。


市町村レベルで、どの言語を母語としている人が多数派かを塗り分けた地図ですが、ご覧のとおり、クリミア半島はほぼ全域でロシア語を母語とする人たちが多数派を占めています。

2014年に当時のアメリカ大統領オバマがCIAの特殊工作部隊やウクライナのネオナチ集団を使って、親ロ派のヤヌコビッチ大統領を追放するクーデターを起こしました

そのときにも、クリミア半島内は圧倒的に親ロ派勢力が強くて、すぐ住民投票をおこない自治共和国としての独立を宣言しました。

ロシア側も、クリミア半島には海軍2大拠点のひとつであるセバストポリ軍港があり、親米派政権によってこの軍港が使えなくなったら困ることもあって、この自治共和国としての独立を歓迎したわけです。

ほとんど国民の支持を得ていないクーデターで成立したネオナチ政権側も、ロシアと本格的な武力対立になったら絶対に権力を維持できないという弱みを自覚していましたから、この独立宣言を事実上認めています。

さまざまな情報源を見ると、「この独立は国際社会によって承認されていない」と書いてあります

ただ、これはもう欧米諸国が承認をしぶっているというだけの話で、実際にはクリミア自治共和国がロシアと協調して自国内を安全に統治できていることは、周辺諸国が認めています

なぜ、とくにロシア語を母語とする人たちの大多数が親ロ派かというと、たんにことばが通じるので親しみやすいといった問題ではありません。

独立後のウクライナ経済は惨めな失敗だった

最大の理由は、現在のウクライナはヨーロッパ内でもおそらくワースト10に入るほど1人当たり国民総所得が低く、あまりにも就業機会が少ないので成人の多くが単純労働のために海外に出稼ぎに行くほど困窮していることです。

これはもう、数字を見れば明白な事実です。

たとえば、直近の10年間でロシアの1人当たり国民総所得は9660ドルから1万250ドルへと微増とは言え伸びています。

これに対し、ウクライナでは3200ドルから2800ドルへと12%も減少しているのです。

国民総生産が約1200億ドルの国ですが、そのうち1割以上を海外に出稼ぎに行った人たちの送金に頼っていることが、次のグラフの直近4四半期分の送金受け取り額でわかります。


また人口統計的にも、10年前は死亡率1.63%に対し出生率が1.10%だったものが、最新データでは死亡率は1.48%とほんの少し改善したものの、出生率は0.87%と危機的な水準に低下しています。

つまり、もともとロシア語を母語として不自由なく使える人たちのあいだでは、経済も不振続きだし、人口もかなり顕著に減少しているウクライナ内にとどまるより、ロシア領内に編入してもらいたいと思っている人たちが非常に多いのです。

さらに、クリミア自治共和国が比較的スムーズに事実上のロシアとの合併に成功し、極端に疲弊しているウクライナ本土に比べれば活気のある経済を維持できているだけに、ドンバス地方のドネツク、ルガンスク両州も人民共和国としての独立を宣言したわけです。

ウクライナ全体としては、EUやNATO(北大西洋条約機構)への加盟願望が強いのですが、その中でドンバス地方だけはEUよりロシアとの提携を選ぶ人たちが多いことは、次の世論調査結果に出ています。



ロシアとしては、正直なところこの2つの州にはセバストポリ軍港のような重要施設があるわけでもありませんし、欧米諸国の反対を押し切ってまで事実上の併合を企てる意図はほとんどありませんでした

ウクライナは強国ロシアにいじめられる弱者?

しかし、両州が独立を宣言して以来、ウクライナの正規軍による砲撃が相次ぎました。このへんの事情は、次の地図が示しています。


ウクライナの正規軍が、戦車や自走砲を動員してドネツク、ルガンスク両人民共和国の領内でもとくに親ロシア勢力の強い地域に執拗な攻撃を仕掛けていたのです。

人民共和国側はなんとかゲリラ戦に持ちこんで完全に制圧されるのを防いできたことが、はっきりわかります。

クリミア自治共和国の事実上のロシアへの併合からやや遅れて、2014年9月に中立国ベラルーシのミンスクでウクライナ、ロシア連邦、ドネツク、ルガンスクの当事者4ヵ国間の合意が成立しました。

しかし、その後もウクライナ軍によるふたつの人民共和国に対する砲撃は収まっていません

中立機関である欧州安全保障協力機構は、この停戦合意に対する違反行為を監視する使節団を送りこんでいます。その使節団がまとめた違反状況は下の地図のとおりでした。


ウクライナ側から両人民共和国への武力侵入が圧倒的に多いことは、一目瞭然です。

「大帝国再現の野望に燃えた強国ロシアによる侵略に怯えるあわれな弱小国、ウクライナ」というイメージは、なんとか口実をつくって戦争状態を拡大して自分たちの存在意義を強調したい欧米の軍需利権集団には、おあつらえ向きでしょう。

ですが、実態としては自分たちの経済的繁栄のためにいちばん有利な国との連携を深めようとする自国民に対して、正規軍の砲撃で阻止しようとしているのですから、本気で自国内にとどまってほしいとは思っていないとしか考えられません。

ロシアとしては、自国を支持してくれるドンバス地方在住の民間非戦闘員にも死傷者が大勢出ていることから、しかたなく両人民共和国の要請を得て、平和維持作戦の一環としてウクライナ領内に侵攻したわけです。

これが、第二次世界大戦勃発のきっかけとなったナチス政権下のドイツ軍によるポーランド侵攻と同様の大戦争の火種になるという見解は、あまりにも大げさだと思います。

読んで頂きありがとうございました🐱 ご意見、ご感想お待ちしてます。

コメント

匿名 さんのコメント…
増田先生、詳しい解説をありがとうございます。

なんとなく、日本が満州事変、日華事変と支那に深入りさせれた当時の雰囲気に近いものを感じます。

自国民を、主義主張が異なるとして大砲をブッ放すのは、大陸の作法かも知れませんが、余り見習いたくないものです。

米国も連隊規模の増派に留めていますので、穀物メジャーへのギフトで過ぎればとの思いです。

栴檀の葉

増田悦佐 さんの投稿…
栴檀の葉様:
コメントありがとうございます。
たしかに表面的には、大日本帝国が「満蒙特殊権益」を守るために伝統的中華文明圏のどまん中まで引きずりこまれてしまった経緯によく似ています。ただ、決定的な違いがふたつあります。
ひとつ目はエネルギーが経済全体に占める地位の低下です。
1920~30年代には、日本は世界で初めて自国内にエネルギー資源をほとんど持たない経済大国にのし上がりつつありました。まだ、重厚長大型製造業のピークまで約半世紀を残して、自前のエネルギー資源を持っていることが経済大国として不可欠の条件と考えられていた時代のことです。
第二次世界大戦後の経済史を見れば、日本はほぼ全面的にエネルギー資源を輸入に頼りながらも世界最高水準の繁栄を達成できることがわかったわけですが、ひとつも前例のない道を切り開くのは不安の多いことなので、満蒙特殊権益にこだわって中国大陸に深入りしてしまったのも理解できないことではありません。
現代世界は明らかにエネルギー資源が慢性的に過剰化する経済段階に達しており、それほど大量に産出するわけでもないエネルギー資源以外にはほとんど魅力のないウクライナ本土を領有したいと思っている国は、まったくありません。
プーチンが、「これは自国とロシア語を母語とする人々を守るための自衛の闘いなのだから、他国は介入するな」と強調しているのも、当然です。
もうひとつは、もう千年近く時代錯誤になってしまったウクライナの大国意識です。国民の多くがそう思っているとは到底信じられませんが、ウクライナの政治家や知的エリートのあいだでは、「スラブ系諸民族の中で最初に中世(!)国家を創設したのはキエフに首都を置いたルーシ大公国だから、スラブ系諸民族を統合するのは、その直系の子孫たちであるウクライナ人だ」という思いこみがあります。
そして、戦国時代、江戸時代を通じて貧窮をきわめながらも「世が世であれば我々こそ正当な支配階級として栄華をほしいままにできていたはずだ」という貧乏公家たちのように、他人任せの富裕化を夢見ています。
だからこそ、「我々が現在貧乏しているのはソ連とかロシアとかの悪い仲間に引きずりこまれていたからだ。EUやNATOに加盟すればすぐにも豊かになれるはずだ」といった途方もない幻想を国家戦略の基礎に据えているのです。
この点では、少なくとも1911年までは中華文明圏を支配していて、日本の傀儡になったふりをしながら中華文明圏の覇者に返り咲くことを企てていた愛新覚羅王家よりはるかに非現実的なのが、現代ウクライナの政治家たちです。
結局のところ、どこにもウクライナのようなお荷物を背負いこむ覚悟のある大国などないので、最終的な落としどころはロシア語圏のウクライナからの分離独立と、ウクライナの「東欧の孤児」化でしょう。
スイーツ さんの投稿…
増田先生、金の購入の仕方で質問があります。

僕は先物取引なんて危なっかしくて近づきたくない、という人間です。
しかし、わざわざ店で金を買って手数料を取られるのは嫌だとも思っています。

先物取引で金(しかも現物)を手に入れるためには、どこの店、と言うか組織が最適ですか?

店頭で買うなら田中貴金属などありますし、純金積み立てならどこでもやってますよね。
しかし、純金積み立てってかつての「豊田商事」みたいで怖くありません?
土井としき さんの投稿…
スィーツさんへ。
私は、田中貴金属の純金積立の会員です。毎月、口座から引き落としがあります。
田中貴金属には、電話でよく積立額を問い合わせしますが、積立額と現在の金額を教えてくれると同時に、[売り]を確認してくれます。積立手数料は、2.5%ですが、これが信用には大事です。
まだまだ、金goldの価格が上昇すると思うので、売りの観察状態です。
なので、豊田商事とは違うと思うから、私は怖くありません。
匿名 さんのコメント…
増田先生は、馬野周二さんの読者だと聞いた様な気がします。

馬野さんでしたらどの様なコメントをされるか、突然に気になりだしました。

栴檀の葉
増田悦佐 さんの投稿…
スイーツ様:
土井としき様:
コメントありがとうございます。

スイーツ様:
先物をお買いになるご予定でしたら、商品取引業者としてきちんと登録されている業者であれば、あまり大きな差はなく先物として買い入れ、決済期限が来たときに差額決済をせずに現物を引き取ればそれでいいと思います。
ただ、わざわざ先物として買いを入れておいて、現引きをする理由はひんぱんに取引をするので一回当たりの手数料をなるべく低く抑えたいという理由以外には、ないのではないでしょうか。
金は買ったらそのまま長期保有をするつもりで取り組むのであれば非常に安定した資産保全法になりますが、ひんぱんに売り買いをして利ザヤを取ろうとする方には、かなりむずかしい金融商品です。
土井さんもおっしゃっていますが、田中貴金属工業のように堅実に運営されている貴金属商の積立は、豊田商事その他の詐欺商品とは違って安全、確実です。
目先の手数料負担を気にして、商品取引業者を通じて先物買い・現引きで金を入手してみたら、その後たびたびおいしい情報が入ってきて、ついふらふらっと手を広げたら思わぬ損失をこうむったということもあり得ます。
なお、この点に関してはウクライナ情勢の緊迫もあって、資産保全のための金保有に関する関心も高まっていると思いますので、あさって午前中投稿の「ご質問にお答えします」コーナーで取り上げさせていただきます。
増田悦佐 さんの投稿…
栴檀の葉様:
よくぞ覚えておいていただきました。ありがとうございます。
私は馬野周二さんがKappa Booksからお出しになった『大日本技術帝国』と下村治さんの『所得倍増論』は日本文明と日本経済に関して日本人が書いたあらゆる著作の中で双璧の名著だと思っております。
もし馬野さんがご存命であったら、基本的には旧ソ連軍敗残兵部隊に過ぎないロシア軍のみごとな電撃作戦にきりきり舞いさせられている米・NATOの惨状と、アメリカ金融業界というお釈迦様の手のひらの上で筋斗雲に乗って宇宙の果てまで飛んでいったような気になって得意がっている中国を見るにつけても、「ようやく私の年来の主張であった日本の時代がやってきた」と喜んでいらっしゃるのではないでしょうか。
匿名 さんのコメント…
増田様

https://www.amazon.co.jp/%E5%A4%A7%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%8A%80%E8%A1%93%E5%B8%9D%E5%9B%BD%E2%80%95%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E5%B7%A5%E5%AD%A6%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E5%A4%A7%E4%BA%88%E8%A8%80-%E3%82%AB%E3%83%83%E3%83%91%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9-%E9%A6%AC%E9%87%8E-%E5%91%A8%E4%BA%8C/dp/4334004008

大日本技術帝国はこれですね。
今からでも読んでみる価値はありそうでしょうか?
増田悦佐 さんの投稿…
匿名様:
コメントありがとうございます。
当然、使っているデータは古いですが、馬野さんの考え方は現代社会においても十分通じるどころか、1989~90年のバブル崩壊以来自信喪失状態が続いている日本国民にとって有益な、根拠のある楽観論となっていると思います。
匿名 さんのコメント…
増田様

ありがとうございます。
では拝読してみようと思います。
牛の尻尾 さんのコメント…
侵攻から1週間ほど経ちました。注目されるのはドイツの動きです。長く露中よりできたメルケル政権から変わった途端、この事態に反ソを鮮明にして、ロシアからの天然ガスのルート、ドル決済手段まで断つとなると、原発を維持しても自殺行為ではないかと思われます。しかも軍備の増強路線に転じて。。
80年ぶり?の熱いドイツに深い不安を覚えますが、どのように理解すべきか、お考えをお聞かせいただけませんでしょうか。
増田悦佐 さんの投稿…
牛の尻尾様:
コメントありがとうございます。
ロシアによるウクライナ侵攻で、最大の被害を受けたのはドイツかもしれないと私も思っております。ある意味で米ソが共にナチスドイツを叩いたのと同じ構図が浮かび上がってきます。興味深いご指摘なので、近日「ご質問にお答えします」コーナーで取り上げさせていただきます。
匿名 さんのコメント…
牛の尻尾 様

横入で申し訳ございません。

ドイツ軍の弱体化は、メルケル政権下で滞りなく行われていた様です。
Uチューブの動画ですので、割り引て見ないと不味いと思いますが、今のロシア軍以下の整備体制で、スクランブルもほぼ困難で、悪天候下の中華人民共和国空軍に近いとも聞いています。

世界一の精強を誇った機甲師団も、戦車をあらかた売り払い、稼働数が日本以下との話しもある様です。

お目汚しすみません。

船団の葉
牛の尻尾 さんのコメント…
増田様

記事にお取り上げいただけるとのこと、楽しみにしております。

栴檀の葉様

コメントいただきありがとうございます。
そんな実情なのですね。ここへ来て急に国防費を増やす、といっても泥縄でしょうか。
増田悦佐 さんの投稿…
牛の尻尾様:
栴檀の葉様:
コメントありがとうございます。
今しがたご質問へのお答えを投稿しましたので、ご笑覧ください。
軍事力に関してはしかるべき知識をお持ちの方にお任せするとして、私は今回のロシアによるウクライナ侵攻ほど「現代戦争はとにかく軍事力の強いほうに不利だ」という持論のたしかさを確認できる事件はなかったのではないかと思っています。
アメリカCIAによる政府転覆も、その後のネオナチを抱えこんだ政権がロシア語を母語とする自国民を正規軍で討伐していたことも、ごく最近ナチス占領下でユダヤ人迫害に尽力した政治家の誕生日を国民の祝日にしたという事実も、すべて消し飛んでウクライナ同情論一本にまとまってしまったのですから。