2%超えさえむずかしかったインフレ率が急加速する条件は整った

こんにちは
今日は過去10年ほど先進国政府・中央銀行が寄ってたかって引き上げようとしていたインフレ率が、突然急加速する条件が整ってしまったことについて書きます。

なお、これまで毎週木曜日と日曜日の午前中に投稿し、ウェブマガジン執筆で忙しい際には月に2回ほどお休みをいただくこともあるというスケジュールでやってまいりました。

しかし、最近重大ニュースが続出していますので、やや長めの論考は原則として週1回、木曜日の午前中に投稿し、それ以外には最新情報に焦点を絞って随時短めの投稿をするという組み合わせでやっていきたいと思います。

ご諒解をいただければ幸いです。

マネーサプライが激増している

さて、今日の本題であるインフレ率加速の条件が整ったという議論ですが、やはり震源地はコロナ禍で大盤振る舞いをしたアメリカ政府ということになりそうです。


やっと新型コロナが脅威となり始めた2020年春から急加速したM2の2年間増加率は、2021年6月までの2年間でついに40.9%と史上最高を記録しました。

歴代2位は第二次オイルショック直前に当たる1977~78年頃の28.8%、第3位が第一次オイルショックさ中の1972~73年の28.1%ですから、40%台に乗せた今回のマネーサプライの増加は突出していました。

ただ、21世紀に入ってからは、政府・中央銀行がどんなにインフレ加速政策を取っても、マネーの流通速度が趨勢的に低下しているので、あまりインフレ率上昇には貢献しないという主張が支配的でした。

次のグラフは、こうした見方を立証するものと言えるでしょう。


マネーの流通速度とは、同じマネーが1年のうちに何回モノやサービスと交換に持ち主を変えるかを示す数値です。

ご覧のとおり、2度の世界大戦の頃と、20世紀末に大きく上昇に転ずることはありましたが、それ以外では1880年代以降延々と下落基調が続いています。

消費者物価上昇率のほうは、1870~90年代と1930年代だけがデフレ期で、それ以外は一貫してインフレが続いています。

ただ、インフレが続いていると言っても、1990年代以降は5年間累計で10%を超えることが少なくなり、年率2%未満が常態となりつつありました。

結局、マネーサプライはかなり大幅に伸びても、流通速度が鈍化しているのであまりインフレ率も高くならないという構造になっていたわけです。

なぜかというと、私は経済のサービス化が進んだからだと思っています。

製造業の製品が消費者の手に渡るまでには、原材料となる資源採掘業者から精錬業者へ、資本財や中間財の製造業者へ、部品製造業者へ、さらに完成品メーカーへ、一次卸業者へ、二次卸業者へ、最後に小売店から消費者へと何度もモノとマネーとの交換が行われます

一方、サービス業の場合には、あまり原材料を必要とせず、サービス提供者と最終消費者のあいだだけで「製造」から最終消費までが完結することが多くなります

だから、マネーの流通速度は慢性的な低下傾向にあったのではないでしょうか。

ところが、新型コロナの蔓延を防ぐためにと称して取られた政策には、低下傾向にあったマネーの流通速度を人為的に加速する措置が多く含まれていました

消費需要がサービスからモノへと移転させられた

その典型が、世界最大の国民経済を形成しているアメリカを中心に、感染拡大の初期におこなわれた大都市のロックダウンです。

消費者向けサービスは、多種多様なサービスを提供する業者が集中している大都市中心部でとくに活発に行われている事業です。

それが営業中止や営業時間の極端な制限を言い渡されると、消費対象はモノへと移転します。

2020~21年の「巣ごもり消費の時代」と呼ばれた時期に、サービス消費が激減するとともに、1990年代以降慢性的に縮小傾向にあった耐久消費財需要が盛り上がりました

さらに、アメリカの製造業大手各社は延々と続いた需要の縮小に対応するために、低賃金国に実際の製造工程の大半を丸投げしていたため、サプライチェーンがどんどん長くなっていました

そこで急に需要が拡大しても、即座に供給量を増やすことができず、品不足による価格上昇を招きました

あちこちで火種がくすぶっていた状態にまず火をつけたのが、「再生可能」エネルギーへの転換を目指して、化石燃料の消費量を抑えこもうとする、いわゆる「緑の革命」でした。

トランプ大統領のアメリカと安倍晋三首相の日本だけは、先進諸国の中でこの革命にコミットしていなかったのですが、ふたりとも後継政権が極端に大勢順応型の人たちだったので、日米ともに緑の革命派の非現実的な政策に迎合するようになります。

太陽光や風力では現代社会が必要とする電力を安定供給することはできないのに、化石燃料の削減を進めてしまったものですから、石油、天然ガス、さらには石炭の価格までが、菅内閣が誕生し、バイデン政権が誕生した2021年の年初から急激に上がりはじめました

こうして始まっていた物価上昇率の加速にダメ押しをしたのが、ロシア軍によるウクライナ侵攻でした。

いろいろな製品の価格が、年率2%未満のインフレ率に慣れた眼には異常な急騰を示すようになります。

素材や肥料の価格が暴騰に転じた

たとえば、北欧諸国での鉄筋棒鋼の価格推移をご覧ください。


2020年まではトン当たり400~600ユーロのボックス圏で推移していた鉄筋棒鋼価格が、2021年初めから突然急上昇に転じ、ロシア軍によるウクライナ侵攻があった2022年2~3月には1250ユーロと、1年強でほぼ2倍の暴騰を演じました。

あるいは、アメリカのタンパ市場での代表的な肥料、アンモニアのトン当たり価格です。


こちらは、2021年の年初にはトン当たり400ドル前後だったものが、直近では1625ドルと4倍に値上がりしています。これはほんとうに深刻な事態です。

というのも、我々先進諸国の人間が世界中で大手金融業者がドミノ倒しで破綻していくことを心配していた2008年には、アンモニアという重要な肥料の突飛高によって農産物の不作・凶作が相次ぎ、発展途上国などでは飢餓暴動が実際に起きていたからです。

21世紀に入っても飢餓暴動は起きていた

次のグラフをご覧ください。


これは、国連直属機関の中では大スポンサーの意向に振り回されずに済んでいるほうで、比較的良心的な食糧農業機関が算出している食品価格指数です。

この指数が初めて130台に乗せた2007~08年には、世界的な規模で食品値上がりに抗議する暴動が起きていたのです。

ごく最近になってからこの事実を知った私としては、いくら当時は外資系大手金融機関に勤務していたからとは言え、この事実を知らずに金融業界の動向ばかり気にしていたことを反省せざるを得ません。

また、食品価格指数が140目前まで接近した2011年には「アラブの春」と呼ばれたアラブ系イスラム圏諸国での大衆運動が続発しました。

2010年末のチュニジアの暴動に始まり、エジプトのムバラク政権、リビアのカダフィ政権、イエメンのサレハ政権と長期政権が次々に崩壊しました。

すでに食品価格指数は140台に乗せている上に、アンモニア価格が1年強で4倍に値上がりし、貧しい農民の多い国々では肥料を節減しなければならなくなる今後1~2年、世界の食糧需給がかなり逼迫することが懸念されます。

ロシア・ベラルーシはともに肥料輸出大国

さらに問題を複雑にしているのが、現在ウクライナへの軍事侵攻によって国際世論から孤立しているロシア・ベラルーシの両国がともに肥料輸出大国だという事実です。


ご覧のとおり、ロシアは肥料輸出額世界1位、ベラルーシも同6位であり、2カ国で約100億ドルの輸出をおこなっているのです。

先進諸国中心に極端に傾斜した大手マスメディアの報道だけを見聞きしていたのではわかりませんが、ロシアへの経済制裁に賛同しているのはほとんど先進国だけで、アジア・アフリカ・南アメリカの中所得から低所得の国々は、ほとんど制裁に参加していません

肥料供給に支障をきたしたら、農業生産に深刻な影響が出ることを警戒しているのかもしれません。

株価はしぶとく粘るが債券市場は大崩壊

「そろそろ本格調整か、そうでなければ大暴落か」と言われはじめてからもう3~4年経ちました。米株市場だけを見ていると、何度暴落の気配を示してもそのたびにしぶとく反発し、高水準を維持しています。

ただ、株式市場ほど派手な動きはしないのがふつうの債券市場のほうでは、すでにすさまじい暴落が始まっています


LEGAMVUというなんとも覚えにくい略号の世界債券指数は、2021年7月末の約69.2兆ドルから直近の64.4兆ドルまで、半年強で4兆8000億ドル(約600兆円)を失っています

世界の債券市場全体の時価総額は2021年年央で約120兆ドルでした。もし世界債券指数並みに下落しているとしたら、喪失した価値は8兆3000億ドルに達します。日本円にすれば1000兆円を超えてしまいます。

同じく2021年の年央に世界株式市場の時価総額は約38兆ドルで、債券市場の時価総額の32%に過ぎませんでした。債券市場での大暴落がいかに深刻な被害を金融業界にもたらすかがよくわかります。

債券暴落=金利急騰は住宅市場を直撃

この債券市場の大暴落は、すなわち金利が急上昇していることを意味します。債券価格の暴落とは、同じ金額の債券を買って得られる金利収入が増えるという現象ですから。

そして、金利高騰は確実に住宅市場を縮小に導きます。先進諸国の住宅市場でふつうの勤労者が長期ローンを組まずに家を購入することは不可能に近いからです。

アメリカの30年固定住宅ローン金利はご覧のとおり、すでに急騰過程に入っています。



2022年に入って住宅価格の上昇が急加速したので、「このまま待っていたら一生買いそびれるかもしれない」と思って、清水の舞台から飛び降りるつもりで家を買ってローンを組んでみたら3%台前半のはずが5%近い金利になっていた人は、泣くに泣けない心境でしょう。

こうした住宅ローン金利急騰による悲劇が圧倒的に多く出そうなのが、アングロサクソン(旧大英帝国)系諸国です。


オーストラリア、カナダ、イギリス、アメリカの4ヵ国で、すさまじい価格上昇にもかかわらずなんとか購買層がついていけていたのは、長期金利が下落しつづけていたからです。

その長期金利が暴騰に転じたのですから、これら4ヵ国の住宅市場は壊滅的な打撃を受けるでしょう。

先進諸国の中央銀行がいっせいに金利引き上げに転ずる中、日銀のみが「円安は輸出産業に有利で、したがって日本経済全体にもプラスだ」という古めかしい経済観にしがみついて低金利政策を維持しているのは、まったく現実離れしています。

ただ、庶民の住宅取得のためにという視点から見れば、低金利維持政策は住宅価格の低迷と相まってけがの功名と言えるかもしれません。

米株市場のベテランが思考停止状態に

それにしても、どんなに悪材料が出ても、何日か下げると必ず反発する米株市場については、何十年も相場のまっただ中で激しい競争を生き抜いてきたベテランが「ここって誰、私ってどこ?」状態に陥っています。


もちろん、いつか強烈なしっぺ返しがやってくることは、十分承知しているはずです。

でも、これだけ大暴落に直結してもおかしくない事件のたびに反発して新高値を取る展開が続くと、いったいいつ降りればいいのか、見当もつかないのではないでしょうか。

ひとつだけ、確実に言えることがあります。

Fedが金利を上げつづけて軟着陸できた例はない

それは、連邦準備制度が何回かにわたって持続的に金利を引き上げると、必ず景気後退が起き、景気を冷やすことなく軟着陸できたためしはないという事実です。


今回の金利引き上げ過程では、前回の引き上げで大量生産してしまった実質金利がマイナスの金融資産や、営業利益で支払金利を賄えない企業の整理がまったくついていないまま、景気後退に突入することになります。

それだけ、景気後退は深刻となり、単なる後退ではなく大不況となることは間違いなさそうです。

読んで頂きありがとうございました🐱 ご意見、ご感想お待ちしてます。

コメント

匿名 さんのコメント…
債権市場での価格上昇(金利低下)で、ようやく襟が合っていた大手金融機関のCEOの声にならない悲鳴が聞こえる様です。

欧米の物価水準を考えると、今の日本の物価水準は円安にもかかわらず恵まれていたとしか言えません。

スイスなどの、外食の値段などを仄聞すると日本の価格の数倍で、果たしてスイスフラン高で給料が多くても使えるお金の余裕は意外と少ない様です。

他人の家は良く見えますが、金の様にボラティリティの少ない日本が続いて欲しいものです。

栴檀の葉
precursor さんの投稿…
大航海時代から始まる地理的空間上での富の収奪が世界規模の戦争により停止した後、経済のグローバル化と歩調を合わせながら地球規模で資本を瞬時に移動させることが可能となった電子・金融空間上に新たなフロンティアが見いだされたものの、2008年の世界金融危機を経てゼロ金利時代が始まった頃から資本主義が終焉を迎え始めたと、著作「資本主義の終焉...」の中で水野和夫さんは述べています。 氏の考察には賛同できる部分が多いものの、サブプライム・ローンやCDO/CDS等の金融商品という債務の破綻により生じた世界金融危機のツケを、「金融緩和」という更に大規模な借金で糊塗した為政者達は、「将来」という時間軸上の空間に、富を収奪できる新たなフロンティアを見出したのではないかと私個人は考えています。 私自身は長らくIT関連の業務に従事していたため、金融の自由化よりも、世界規模の通信規制の緩和の方に多くの実体験を重ねますが、振り返ってみれば両施策が相乗的にグローバルな資本の移動を加速させたように思います。

「金融緩和」という名目で供給されたマネーにはレバレッジが加えられ、将来という時間軸上の空間から作り出した膨大な債務が現在の「何でもかんでもバブル」の状態を創り出したものと理解しています。 しかし、「借金のツケを借金で埋める」という手品は、金利がゼロ近傍に抑制されている(経済の神経が麻痺している)間のみ存在し得る幻影であり、金利が上昇すれば自ずと破綻するものだと思います。 MMTというヘンテコな理論を主張する人々も、金利上昇という現実世界の事象を目の当たりにすれば、論理的矛盾を認めざるを得ないのではないでしょうか?

「マネタリーベースを拡大すれば物価も上昇する」というリフレ派の主張は実証的に否定されましたが、アベノミクスという愚策を牽引した政治が終了した現在でも、当初掲げた主張を撤回/修正できないのは、日銀という組織の体質ではなく、偏に現総裁の狭量な官僚的性格に起因している国家的惨事であるように思います。

債券市場から600兆円規模の価値が消失したことは既にブルームバーグ等でも報じられていますが、一般大衆向けのメディアは全く関心を払っていないようです。 同種のメディアを視聴する一般大衆の側が関心を持っていないとも換言できるのでしょうけど。
YAMADA さんのコメント…
増田さん、いつもありがとうございます。
欧米の金利は暴騰するとして、日本はどうなるでしょうか?
厚顔無恥の日銀総裁も任期は後一年です。
任期内に退任って事もあるかもしれませんね?
日本国内の金利はこのまま日銀が抑えつけれるのか?
それとも上昇するのでしょうか?
私はそろそろ日本での住宅ローンも固定金利を考慮すべき時かと思います。
増田さんのお考えを教えていただければ幸いです。
増田悦佐 さんの投稿…
栴檀の葉様:
コメントありがとうございます。
私も、あらゆる経済変数のボラティリティが限りなくゼロに近づき、金利も企業利益率もインフレ率もすべてゼロ近傍に収束する静かな社会が、人類経済の最終的な落としどころになると思っております。
そういう意味では、まったく正反対の景気浮揚を目指しながらも、打つ手がことごとく意図と反対の効果を持つ政策を漫然とつづけていた安倍晋三・黒田東彦は、無策さによって人類経済の完成形に一番近いところに漂流していった元首・中央銀行総裁コンビだったのではないでしょうか。
金利が低いところからは資金が逃げていくという金融市場の論理を、インフレによる目減りが少ないところの貨幣価値は下がらないという日常生活の論理が克服して、円安から円高への転換が起きると見ています。
増田悦佐 さんの投稿…
precursor様:
コメントありがとうございます。
もちろん、まだインフレが終息していない段階で実質金利がマイナスになるような債券が山ほど出てきたのは、金融政策の失敗だったと思います。
ただ、世界的な低金利は決して政策過誤の累積によってもたらされたのではなく、人口伸び率よりはるかに速いペースで積み上がっている資本の過剰が招いたものだと見ています。
希少性の低下したものの価値が下がるのは当然で、戦争による大量の実物資本の減耗もなく、大暴落による金融資本の滅失もない現代経済で金利や企業収益率は低下するほうが自然で、この自然の趨勢に逆らって好収益・高金利をつづけている国ほど社会のあらゆる面で異常が発生しているのだと思っています。
増田悦佐 さんの投稿…
YAMADA様:
コメントありがとうございます。金利暴騰の被害と低金利を維持することの被害ではどちらが大きいかというと、私は金利暴騰のほうだと思います。
「円安メリット論」という完全に事実によって論破された理由にもとづいて強引に低金利を維持しようとしている日銀黒田総裁は、理由は完全に間違っているけれども、日本経済全体にとって最小抵抗線をたどっているのではないでしょうか。
固定金利で住宅取得を考えること自体はあってもいいかと思いますが、まだまだ固定金利が下がる余地はあると見ています。