中国の住宅ローン不払い運動は、体制変革のきっかけになるかもしれない

こんにちは
米連邦政府下院のナンシー・ペロシ議長による台湾訪問で、一挙に米中関係の緊張が高まった印象があります

私は、これはアメリカの民主党リベラル派と中国共産党指導部が、お互いの弱みをかばい合うために打ったお芝居だと思っています。

その理由についてはいずれじっくり書かせていただきますが、今回はこのニュースによってやや後景に退いた感のある中国住宅ローン不払い運動の重要性をお伝えすることにします。

ケタ外れの中国の住宅価格暴騰ぶり

まず、次のグラフをご覧ください。


経済規模や人口で重要な意味を持つ10ヵ国の住宅価格が、21世紀最初の20年間でどのくらい上がったかを示しています。

中国の場合、411%の値上がり、つまり20年間で5.11倍になったわけです。年率に換算すると8.5%になります。

これはかなり経済成長率が高くてインフレ率も高めの中国でさえ、住宅取得は年々きびしくなっているだろうと想像のつく数字です。

なお、イギリス以下6ヵ国は年率5%未満の値上がりにとどまっています。ただ、成熟化が進み、実質経済成長率もインフレ率も低水準にとどまることの多い先進諸国では年率5%未満の値上がりでもかなり住宅取得の足を引っ張ることになるでしょう。

その中で、アメリカは住宅価格が年率で約4%、一方実質所得の伸び率は2~3%、インフレ率もほぼ一貫して2%台を維持していましたから、2010年代半ばまでは先進諸国の中では庶民にとって住宅が取得しやすい環境になっていました。

2020年以降は、実質所得がマイナス成長でインフレ率は高まっているので、アメリカの住宅産業の展望もかなり暗くなってきましたが。

中国経済は投資偏重で消費が伸びない

この住宅価格の慢性的な値上がりは、国民全体としてGDPのうち投資に回さなければならない金額が大きくなりすぎて、なかなか消費が伸びないという弊害を生んでいました。


中国の実質GDPは1999年から2011年のあいだに4.2兆ドルから10.7兆ドルへと2.55倍の伸びを示しました。

ですが、この間に消費は4.2兆ドルの47%である1兆9740億ドルから、10.7兆ドルの28%である2兆9960億ドルへと、1.52倍伸びただけです。

つまり、経済規模は2.55倍も伸びたのに、その中で国民が消費に使える金額は1.52倍しか増えていなかったのです。

そして、中国で固定資産投資に遣われる金額のGDPに占めるシェアは、次のグラフでご覧いただけるように2015~16年には異常な高水準に達していました。



固定資産投資にGDPの8割も遣ってしまえば、消費に回せるおカネが少なくなるのはわかりきったことです。

消費が伸びなかったのは当たり前

実際に、中国の大衆は可処分所得総額ではかなり順調な伸びを続けていました。ですが、ローンの元利返済分を除いた可処分所得の伸び率は、2018年の半ばにはほぼゼロ成長に下がっていたのです。



可処分所得はほぼコンスタントに年率8%の伸びを維持していたのに、ローン元利返済後の可処分所得は2016年半ばの約6%から、たった2年でゼロ成長に転落してしまったわけです。

もちろん、なぜこんなことになったのかといえば、中国の個人世帯が我も我もと盛大にローンを借りつづけたからです。


この10年間というもの、中国個人世帯の住宅ローン残高は年率20%を上回る伸び率を維持していました。

なお、上のグラフには収録できなかった2018年9月以降の住宅ローンの伸び率は次のグラフのとおりでした。


特徴的な変化としては、2019年頃から企業向けの不動産開発事業へのローンは横ばいになったのに、個人世帯向けの住宅ローンは伸びつづけたことです。

企業向けローンが抑制気味になった理由は、明らかです。

世界的な一流企業の集合体であるS&P500採用銘柄でさえ、債務総額の対EBITDA(営業利益と考えていただいて結構です)倍率は5倍強にとどまっているのに、中国の不動産大手の倍率は7.5倍を超えていて、リスクが高すぎると金融機関が判断したからでしょう。


その時点でも個人世帯向けの住宅ローンにはあまり抑制がかかっていなかったので、銀行業界全体のローン総額に占める不動産向けローンの比率は、2018~20年には29%前後という高い水準に達していました。

なぜ住宅ローン残高はこんなに伸びつづけたのか?

いったいなぜ、個人世帯向け住宅ローン残高がこんなに伸びつづけたかというと、中国ではごくふつうの慣習として、1戸分だけではなく、2戸目、3戸目の分の住宅ローンも借りて、2重、3重のローン返済を続ける人が多いからです。


住宅ローン残債の内訳を見ると、2016年の時点で1戸目のローンが全体の50%強、2戸目のローンが35%前後、そして3戸目の分が約15%となっていました。

複数の住宅ローンを組んで、2戸、3戸の住宅を買ってローンを支払いつづける慣習は、ほぼ間違いなく竣工直後から住宅価格が急騰していた時代の名残です。

何戸かのうちでいちばん値上がり率の高い住宅を売ってローン残債を払えば、手元に売却した住宅の評価益が残って、それを使って自分が住み続けるつもりの住宅ローンの返済を速めることができていたのです。

このかなり投機的な住宅ローンの組み方には、大きな落とし穴がありました。多くの個人世帯が自分たちがずっと住み続けるつもりのない住宅まで買い入れるわけですから、この仮需要分だけ本来の均衡価格より値段を吊り上げてしまっていたのです。

あまりにも割高だった中国の住宅価格

仮需がどれほど中国都市部の住宅価格一般を吊り上げていたかは、次の2枚組グラフでご想像いただけるでしょう。


まず、左側のグラフを見ると、中国の大都市では家賃を払って借家住まいをしていたほうがローンを返済しながら持家に住むよりずっと経済的負担が低かったことがわかります。

また、右側を見ると、中国の大都市で家を買うためには年収の30~45倍の価格を負担する必要があることが読み取れます。

住宅価格が上がりつづけた限り、問題は隠蔽されていた

それでもなお、中国大都市圏に住む多くの世帯が、こうした複数の物件のローンを負担しつづけていた最大の理由は、それが資産形成の近道だったことです。


上のグラフを見ると、主要国の中で中国の家計資産に占める不動産の割合が6割超と突出して高いことがわかります。

しかも、この不動産の価値の大半は、その後経済発展が続くことが予想できた大都市でまだ安いうちに買っておいた持家の評価益と見て間違いないはずです。

ふつうの勤労世帯であれば、何戸かの住宅ローンを並行して払いつづけながら、金融商品を買うなどの蓄財をすることはほとんど不可能でしょう。

評価益に依存した資産の脆弱性が露呈している

大部分が評価益で形成されている資産は、市場の風向き次第で一気に価値が激減することもある、危険な資産です。

実際に、中国の住宅不動産は今まさに評価益が評価損に転換する岐路に差しかかっています。


中国では、ほぼ4年サイクルで不動産売上高がピークを打つ景気サイクルが続いていました。

このサイクルどおりに順調に進めば、2020年は2016年の次のピークになっていたはずです。

しかし、2020年には第1次コロナ騒動の影響もあって、不動産売上高は低迷しつづけました。

そして、2020年だけなら一過性の落ちこみと言えるのでしょうが、2021~22年の不動産取引額はさらに低下しています。


つまり、中国の不動産市況は、2020年に来るはずだったサイクル上のピークが来なかったという循環論的な異変を超えて、長期トレンドが上昇基調から下降基調に変わったという大問題を抱えているのです。

この問題に直面して、過剰な債務を抱えた不動産開発業者が、仕掛かり中物件を完成させないまま頭金を払いローンも負担しつづけている顧客に押しつける事態が続出しています。

何が中国の大衆をローン不払い運動に駆り立てたか

そうした物件の中には、床も壁もコンクリート打ちっ放し、窓の穴だけは開いているけれどもサッシ枠さえ取付けていないので、買わされた客は登山用の防寒テントを張って住んでいるケースさえあります


住宅売上高でこれだけ前年同月比マイナスが続いているのですから、たとえローンを無事完済できたとしても、取得した物件に評価益が出ることはほとんど望めないでしょう。

2戸分や3戸分のローンを抱えている世帯は、とにかく正当な理由さえあればローン契約を解除して損失を最小限に食い止めたいはずです。

中国各地で住宅ローンの不払い運動が起きているのは、こうした背景があるからです。

そして、上のグラフのまん中に黄色の文字で書き添えておきましたが、この住宅ローン不払い運動は、中国の反政府運動を画期的に変える可能性が高いと思います。

従来不満の少なかった都市戸籍保有者が反政府運動の主役に

これまでの中国での反政府運動は、2度の天安門事件のようにどちらかと言えば恵まれた都市部家庭に育った大学生主体の運動だったり、貧しい農村に住み続けている農民たちの郷鎮政府(日本でいえば村役場に当たります)の横暴に対する散発的な抗議行動が中心でした。

農村戸籍を持っているために、何年都市で働いていても「出稼ぎ」扱いで、政治的・社会的権利が大幅に制限されている民工(農民出身労働者)は、まだ組織的に抗議行動をおこなうためのまとまりを形成できていないようです。

そうした中で、今回の住宅ローン不払い運動は、大部分が都市戸籍を持って都市に住み続けていて、一時的にもせよ複数の住宅ローンを負担することのできる、現代中国では比較的恵まれた立場にある人たちの反乱です。

この反乱に驚き、慌てた中国政府は、仕掛かり中物件を開発業者から取り上げて、購入者たちに工事継続資金を援助するといった弥縫策に出ました

ただ、その一方で、河南省、浙江省中心におそらくは投機的な取引で巨額損失をしょいこんだ地方銀行が、預金者に預金を引き出させないという事態になって、各地で取り付け騒ぎが起きています

中でも象徴的だったのは、河南省最大都市である鄭州市の人民銀行支店に押し寄せた数千人の預金者たちに対して、人民銀行側がとった過剰な防衛措置です。


おそらく私服の警察官と思われる人たちを待機させておいて、デモの隊列から引きずり出した預金者に殴る蹴るの暴行を加えさせたのです。


これはやはり、中国共産党指導部が、大都市圏で広範な反政府運動が勃発することをいかに恐れているかの証拠でしょう。

読んで頂きありがとうございました🐱 ご意見、ご感想お待ちしてます。

コメント

スイーツ さんの投稿…
増田先生、幾つか疑問に思ったことがあります。

(1)中国は共産主義国家であり土地の私有は認められてない、と思っていたのですが、日本のような資本主義国家のように国民が土地を私有することが許されているんですか?

(2)今の中国の状況って、日本のバブル期における土地神話と似ているような気がします。しかし、バブルはいつか弾けます。中国は人口も膨大なので、そういう意味では商売の旨味はまだ続くかもしれませんが、お人好しの日本人が稼げるぞと思って進出したら危険じゃありませんかね?
匿名 さんのコメント…
なるほど
昔、中国に出張した時、上海でタクシー運転手が「マンションを3室所有している」自慢を聞いて驚きましたが、そう言う事なのですね〜
マンション3室は普通だとの事です。運転手は4室目を検討していると言ってました。
不動産鑑定士 高橋雄三 さんのコメント…
中国の住宅市場全体としては大都市に居住する農民工(農村戸籍者)に住宅バブルをチャンスとして投資、投機をした都市プチブル(なつかしい左翼用語を憶い出しました)がツケを払うこと以外に解決策はないと見ます。
権力の存立基盤をどこに置くのか、難しい対応がせまられていくことでしょう。
増田悦佐 さんの投稿…
スイーツ様:
コメントありがとうございます。
(1)中国全土、どこでも今も土地は国有です。民間人が売買できるのは最長70年までの長期借地権だけです。
しかも、ふつう長期借地権と言えば期限が来るまでは住み続けられるものですが、中国の場合政府が突然「この土地は国家として必要だから接収する」と言い出したら、即時明け渡さなければならない非常に権利の不安定な借地権です。
(2)もちろん、別に日本人じゃなくても、自分が住んだこともなく、しっかり調べたこともない場所にある不動産の取引に手を出すのは危険きわまりない行為です。
増田悦佐 さんの投稿…
匿名様:
コメントありがとうございます。
ときの経過につれて評価益が拡大する市況であれば、何件かの住宅ローンを並行して払っていても深刻な負担にはならないでしょう。
ですが、評価益から評価損に転換した瞬間、自分が住むつもりもなく、完済すれば評価益を実現できるわけでもない住戸の投げ売りが始まります。
今、人口動態から見ても、経済成長率から見ても、中国の住宅市場はまさにその転換点を迎えています。
増田悦佐 さんの投稿…
高橋雄三様:
論理的には、都市戸籍を持つ都市居住者が評価益目当てでローンを払いながら持っていた2軒目、3軒目の家を捨て値処分することで、民工たちに安定した住居を提供し、民工たちの政治・社会的な地位も上がるというのが、自然な解決法なのでしょう。
ですが、どの時代のどこの国でも、特権階級に属する人たちはその特権を「当然の権利」と思っていますし、これまでもいちばん声高に政府に対する批判もできていた人たちですから、なかなかむずかしいでしょう。
スイーツ さんの投稿…
増田先生、ご返答有難うございます。

(2)の質問に敷衍しますが、土地取引に拘わらず中国進出は怖いなと思います。数億の人口があるので魅力的な市場と言えるのでしょうが、所詮一党独裁の国であり独裁者の気分一つでどうにでもなる。それに、今まで先生に教えてもらったように中国は張子の虎状態になっている。中国でぼろ儲けしたいと思っても、いざという時は逃げられるぐらいでなきゃいけませんね。

それにしても、最長70年借地権の為にローンを組むって何だか虚しい。中国人が日本の土地を買いあさるのも無理はない。
増田悦佐 さんの投稿…
スイーツ様:
コメントありがとうございます。
いや、中国に限らず、海外への投資はどんなに堅実そうに見える国でも、いつでも逃げられる算段をしてからでないと、するべきではないと思います。
日本のように他人をだましてカネを巻き上げようとするのは、チンケなペテン師だけという国は例外で、ほとんどの国では立派な大企業が堂々と個人からなけなしの貯蓄を洗いざらい奪うようなことをやりますから。
とくに、鈴木傾城氏が大好きなアメリカは。