つくられる食糧危機

こんにちは
今日は、まずそこまでひどくはならないだろうとタカをくくっていた問題が、じつは私の想定の甘さからの楽観論に過ぎず、現実には危機として迫っていることを書かせていただきます。

浅はかだった「食糧危機はあり得ない」説

数年前、長年懇意にさせていただいている友人でもあり、拙著を読み続けていただいている読者でもある方から「食糧危機」についてのお尋ねがありました。

私は「現代世界の政治・経済・社会にいろいろ心配のタネは尽きないけれども、さすがに大勢の人が飢えて亡くなる飢饉がやって来ることだけはないでしょう」と答えてしまいました。

今にして思えば、なんと浅はかで根拠の薄弱な楽観論だったのだろうと反省しております。

この楽観論の根拠は以下の3点でした。

  1. 品種改良が進んで、日照りや水害にも強い品種がどんどん開発されている
  2. ディーゼルエンジンを使う農機が大型・小型ともに改良が進み、農地さえ十分に確保できれば、少ない労働力で大勢の人間の食糧を確保できる収穫があがる。
  3. バルクケミカル(量産化学物質)の中でも、化学肥料はとくに生産高が潤沢で万年不況と言えるほど価格が低迷している
ところが、ロシア軍によるウクライナ侵攻よりはるかに前から、この楽観論3つの根拠が総崩れになる事態が延々と進んでいたのです。

品種「改良」の大部分は改良どころか改悪

現代の農業関連研究開発は圧倒的に農作物のタネに関するものになっています。

もちろん、植えてからの植物病に対処するよりも、おいしい農作物に結実するタネを開発するというなら、大歓迎です。

ところが、これは1980年代からかなり顕著になり、90年代にはすっかり定着してしまった傾向なのですが、新しいタネの開発努力の大半が除草剤に対する耐性を強めることに費やされているのです。

当たり前の話ですが、除草剤とは人間にとってみれば邪魔者である雑草を除去する、つまり植物を殺すための薬です。人間が蒔いたタネだけには無害などといううまい話はありません

殺されても死なないようなタネを育てるのは、非常に不自然な方向に開発努力がねじ曲げられていることを示します。

その背景には、工業化、サービス業化が進んで、どんどん農業人口が減少する中で、人間の眼で的確に自分が育てている農作物か、雑草かを識別しながら田畑の草を抜くという、地味で労力のかかる仕事をする人の数が圧倒的に少なくなっている事実があります。

そこにつけこんで農薬会社が強力な除草剤を売り出すと、どうしても薬に頼って田畑を雑草のない状態に保っておくほうが楽だということになってしまいます。

最悪なのは、欧米諸国では往々にして農薬大手と種苗大手が同一会社だったり、同じ資本の系列だったりすると、強力な除草剤を開発しては、その劇薬に耐えられる新しい品種のタネを開発するという、典型的なマッチポンプ商売をしていることです。

1992年までにアメリカでおこなわれた品種改良野外試験での許可件数で見ますと、総数355件中なんと3分の1近い112件が除草剤耐性試験でした。(ヴァンダナ・シヴァ著『生物多様性の危機――精神のモノカルチャー』、三一書房、1992年、126ページの訳注より)

このより強力な除草剤の市場投入とそれに耐える不自然なほど薬害に強い種苗とのいたちごっこの弊害が、もっともセンセーショナルなかたちで露呈したのが、モンサントの開発したラウンドアップ(有効成分名ではグリホサートイソプロピルアミン塩)でしょう。

モンサントは2018年にドイツの製薬大手バイエルによって買収され、今では企業としては消滅していますが、モンサントを買収したバイエルは世界最大の農薬・種苗製造業者となっています。

モンサントは「除草成分の分解が早いので、ラウンドアップを撒いて雑草を完全に枯らした状態でタネを蒔けば、人畜にまったく被害のない農作物が育つ」との触れこみでラウンドアップを売りこみました。

この安全性については、ある食生活ジャーナリストを名乗る人が、以下のように安全性について太鼓判を押しています。

ラウンドアップ(グリホサート)に関するリスク評価は世界各国で行なわれており、日本の食品安全委員会、Efsa(欧州食品安全機関)、FAO&WHO(世界食糧機関と世界保健機関)、ECHA(欧州科学機関)、EPA(米国環境保護庁)、カナダ保健省、豪州農薬・動物医薬品局等々で「発ガン性はない。安全に使用できる」という結論が出ている。」

――ウェブサイト『Yahoo! News Japan』、2019年10月24日のエントリーより引用

無邪気に「錦の御旗」のように列挙していらっしゃるFAO、WHO、EPAといった機関が、いかに巨大資本寄りで、一般消費者の安全性に無頓着な組織であるかは、新型コロナ騒動の過程で、読者の皆さまもご存じのことと思います。

この方は、同じくモンサントが開発してセット販売しているラウンドアップ耐性種子が遺伝子組み換え操作によって開発されたものだったため、遺伝子組み換えを目の敵にする「(一部の)消費者から、まるで遺伝子組み換え作物の代名詞のように攻撃されることになる」(同所)と、モンサントがかわいそうな被害者であるかのように書いていらっしゃいます

しかし、これは明らかに論理的に辻褄の合わない主張ではないでしょうか。ほんとうにラウンドアップが人畜無害で、農作物の生育にもネガティブな影響がないなら、ラウンドアップ耐性種子を開発する必要もないはずで、このセット販売に飛びつく農家もないでしょう。

人体の疾病に対する医療法としての遺伝子組み換え操作は、ほかに安全な治療法がない場合に、将来どんな弊害が発生するかわからないことも覚悟した上でしか、使ってはいけないことになっています。

それほど危険な手法が、対象が農作物であればいともかんたんに許可されていること自体農薬と農薬耐性種子のセット販売で巨利をむさぼっている巨大農薬・種苗資本に奉仕する農事行政がおこなわれている証拠としか思えません。

最低限、特定の除草剤を開発した企業(あるいは同一の資本によって運営されている企業)は、その除草剤に耐性を持つ種子を販売してはならないという程度のルールを確立しなければ、モンサントのような業者がセット販売でボロ儲けを続けることを防げないでしょう。

モンサント(現バイエル)はカリフォルニア州の農家夫妻が起こした「ラウンドアップには発がん性がある」という集団訴訟で敗訴して、当時の為替レートで約2200億円という巨額の賠償金支払いを命じられました

モンサント擁護側は未だに「ラウンドアップの発がん性は立証されていない」との論陣を張っています。

しかし、モンサントがラウンドアップ耐性種子が遺伝子組み換えによってつくり出されたことを隠して販売していたことが判明した時点で、モンサントの敗訴は決定的だったと思います。

無害で安全なものを開発したのであれば、遺伝子組み換えによる製品であることを隠す理由は何ひとつないはずだからです。

雄性不稔種子が生物多様性を危機に陥れる

遺伝子組み換え操作による研究開発は、もっと大きな枠組みでも危険きわまりない方向に傾斜しています。

それは、この技術が多くの場合、雄性不稔種子の開発に使われていることです。

雄性不稔種子とは、雄しべが生殖能力を持たないように改変されているために、そのタネを蒔いて得られた実から取り出したタネでは、次の世代の芽が生え、茎、枝葉、そして花や実が育つことがあり得ないようになっているタネのことです。

雄性不稔種子の開発は、決して消費者がスイカやブドウを食べるとき、タネを取り除いたり、吐き出したりする必要がないようにという親切心からおこなわれているわけではありません。

雄性不稔種子に頼り始めた農家は、自分で収穫した実から得たタネを取り置きして次の作付けに使うことができません。つまり、その種子を蒔き続ける限り同じ種子を売っている種苗業者からタネを買わなければならないのです。

これは、とくに中小零細規模の農家にとって多大な負担となります。

それ以上に深刻なのが、雄性不稔種子で育てた農作物からは絶対に突然変異による新しい種の誕生が起きないことです。

生物多様性が重要なのは、突然、あるいはじわじわと環境が激変したときに、その激変にうまく対応して生き延び繁栄する種が出てくるには、間欠的な突然変異によってこれまでとは違う種が誕生することが不可欠だからです。

突然変異は意図的に起こすものではありませんから、たいていの場合元の種に比べて環境に適合せずにすたれていくでしょう。ですが、中には激変した新しい環境に適した性質を持っているのでどんどん発展していく変異種も出てきます

もともと存在している生物種が多種多様であるほど、新しい環境にうまく適応して繁栄する変異種が生まれる可能性も高まるわけです。

この突然変異種の誕生は、雄性不稔種子から育った作物では、雄しべと雌しべの自然交配による遺伝子の組み合わせ変化が起きない仕組みになっているので、絶対にあり得ないわけです。

広く公開している文書などでは「生物多様性の危機克服」を唱えている世界経済フォーラムが、実際には多くの製薬・農薬・種苗資本を協賛企業としているのは、まことに奇妙な現象だと思います。

どうにも作為的としか思えないディーゼル油価格の高騰

第2点に移りましょう。

ドイツで発明されたディーゼルエンジンは、ガソリンほど品質にこだわらずに安く造れる石油系二次燃料をかなり幅広く使えることによって、燃費を安く大きなエネルギー量が得られる内燃機関です。

発祥の地、ドイツでは「たんに燃費が安いだけではなく、有害ガスの発生もガソリンより少なく、いいことずくめだ」という宣伝をするために、官民一致協力してデータの改竄までしていました。

結局、この改竄がバレて、ベンツからBMW、フォルクスワーゲンにいたるまで、ドイツ車のブランドイメージがかなり大きく毀損してしまったのは、皆さまよくご存じのことと思います。

しかし、大型農機や大型トラックは容量の大きなディーゼルエンジンに頼らざるを得ません。もちろん、有害ガスの発生量などは高品質のガソリンに比べればやや多くなります。

ですが、排気ガスをきちんとコントロールすれば、安く大きな仕事量が得られるので、多少なりとも広めの土地で経営する農家や長距離陸運を担当している大型トラック運送業者の健全経営にディーゼル油は不可欠です。

ところが、そのディーゼル油が、少なくとも1990年代半ば頃から、なぜかガソリンとほぼ同額か、ガソリンより高いという状態が延々と続いているのです。



ご覧のとおり、1994年以降一貫してディーゼル油価格はガソリンとほぼ同額か、やや高めとなっています。

国際金融危機のどん底となった2008年後半や、第1次コロナ騒動の起きた2020年春からの回復過程では、ディーゼル油のほうがピークも底値も高くなる傾向が顕著です。

ドイツが官民挙げて「ディーゼル油のほうがガソリンより環境にもやさしい」と言いはじめたのも、ガソリンに対するディーゼル油の価格優位が失われつつあったからかもしれません。

納得できないガソリンより高いディーゼル油

それにしても、ガソリンより高いディーゼル油という状態が定着しているのは、私には納得がいきません。

同じ原油を主原料として、まず上質なガソリンを抽出し、ガソリンにはできなかった品質の部分をさまざまな用途向けに仕分けする中で、ディーゼルエンジンに使えるいくつかの種類をディーゼル油と総称しているわけです。

同じ原材料から作って、質の落ちるもののほうが質の高いものより割高という状態は、突発的な需給の激変時にはあっても、長期的に定着するはずがないのです。

そこで、この2種類の油のコスト構成比を比べてみましょう。


まず最大のコストである原油は、ガソリン1ガロン当たり2.46ドル、ディーゼル1ガロン当たり2.47ドルと、たった1セントだけですが、ディーゼル油のほうが高くなっています

なぜ上質な上澄み分をすくい取ったものが、その下の品質の劣るものよりわずか1セントとは言え安いのか、大いに疑問です。

その上の2段は疑問どころか、そんなわけはないでしょうというコスト構造になっています。

精油と流通・販売がガソリンではそれぞれ18%、17%なのに、ディーゼルではどちらも22%にものぼっているのです。

精油では、いちばん神経を使うガソリンをすくい取った後に、用途別に仕分けするだけの工程のディーゼル油がこんなにコストがかかるはずはありません

流通販売にいたっては、一般消費者向けなので全国津々浦々かなり人口密度の低い地域にも搬送する必要があるガソリンに比べて、ディーゼル油の販売網は2大顧客層であるトラック運送業者と農業経営者の集積の大きな場所にターゲットを絞れるはずです。

私はアメリカ中、そしておそらく先進諸国の精油業者が軒並みディーゼル油から超過利益を取って、その一部をガソリン代を安く抑えるために事業部門間の補助金支給に回していると思います。

きれいごとで言えば、ガソリン代をいきなり上げると消費者全体を敵に回してしまうのが恐いから、消費者が中小零細事業者に集中しているディーゼル油の値上げで浮いた分をガソリン代の補助に遣って消費者をなだめているということになるでしょう。

それだけのことでしょうか? 私はもっと深い闇があると思います。

コロナで明るみに出た独立自営業者の統治しにくさ

コロナ騒動の第2波、第3波あたりでは、カナダやオーストラリアで独立自営のトラック運送業者が、政府によるワクチン接種の強制に反対してハイウェイを封鎖するなど、かなり大規模な抗議行動を展開しました。

そして、最近ではオランダ政府による農業圧縮計画に対して、オランダの農民たちによる猛烈な反撃が始まり、国境を超えてスペイン、アイルランド、カナダなどにも広まりつつあります

この過程で明らかになったのは、上司の意向に反した行動を取ればクビになって生活にかかわるオフィスワーカーと違って、独立自営の中小零細トラック運送業者や農民たちは、腰の据わった反政府活動を粘り強く続けられるという事実です。

一方は、自分が耕しつづけた土地に根を張り、もう一方は大型トラックが通れる道さえあればどこにでも行くという、一見対照的なライフスタイルです。しかし、どちらも官僚的な指揮命令系統が自分の経営にくちばしを入れることには猛反発する、自立した事業家です。

今ごろになってこの事実に気づいたのはおそらく我々だけで、1990年代にはもう着々と世界統一政府樹立計画を実行に移しはじめていた世界経済フォーラムなどにとっては、これはずっと前から取り組まなければならなかった課題なのでしょう。

1990年代以降の世界経済情勢は、市況商品価格の大きな変動があるたびに、この変動を中小零細企業中心の産業を弱め、巨大寡占資本の牛耳る業界をさらに強くするために世界統一政府樹立をたくらむ勢力によって利用されてきたと思います。

コロナからの回復をはやすとともに、ロシア軍によるウクライナ侵攻も口実としてガソリン価格よりさらに高止まりしているディーゼル油が、このまま4~5ドルという高値にとどまってしまえば、独立自営のトラック運送業者や中小零細農家で廃業が続出しそうです。

今となってみれば明白なこの傾向に気づかなかったのは、まったくうかつでした。

私にも「中小零細経営の多い農業を本気で縮小すれば、世界中で栄養の行き届かない人が激増し、餓死する人や栄養が十分なら軽症で済んだ病気で亡くなる人が大勢出てくる。いくらなんでもそこまでやらないだろう」という思いこみがありました

世界経済フォーラムは、ローマクラブと違って人口縮小を表看板には掲げていません。

ですが、世界経済フォーラムの首脳部も「地球上で生きている人間の総数は多すぎる。何分の1かに縮小する必要がある。世界統一政府樹立に反対する農家の数を圧縮して、餓死者・病死者を激増させるのは、一石二鳥だ」と思っているフシが見受けられます。

そこで、第3点が浮かび上がってきます。

化学肥料全廃は効率のいい地球人口圧縮作戦

非常に古くから有機(つまり動植物が介在する)化学と無機(動植物の介在しない)化学との懸け橋になってきたさまざまな化学肥料は、長年にわたる経験で安全性も確認され、同じ面積の農地に同じ労働量を投入したとき、より多くの収穫が得られることも実証済みです。

しかも、農家にとってありがたいことに、産業分野としてやや斜陽気味の総合化学に属する各企業は過剰気味の設備をなんとか維持していくために、多くの化学肥料をほとんど景況を問わず、低価格で供給してきました。

さまざまな窒素系肥料を製造するためにもっとも基本的な中間財となる尿素の価格推移をご覧ください。


山や谷が形成される時期としては、ガソリンやディーゼル油と似ています。

決定的に違うのは、国際金融危機のどん底やユーロ圏ソブリン(国債)危機のさ中に急騰することはあっても、その後すぐトン当たり300ドル以下の定位置に戻ってしまい、なかなか高値が定着しなかったことです。

ただ、この状況は過去1~2年のあいだに大きく変貌を遂げました。

窒素(尿素)とともに肥料3大要素と呼ばれる、リン酸塩もカリも、高値に踏みとどまる傾向が顕著になってきています。

この点でご注意いただきたいのは、これは決してロシア軍がウクライナに侵攻し、ロシアとその友邦、ベラルーシが肥料分野では大きな供給源になっているためだけではありません

化学肥料がいっせいに動意づいたのは、第1次コロナショックによる経済活動全般にわたる停滞から抜け出しかけた直後のことです。



ひとつ疑問が生ずるのは、肥料価格を農民の手の届かないところまで吊り上げて、結局農業自体が縮小して自社も経営が立ち行かなくなることを肥料製造大手は見過ごさず、なんらかの圧力をアメリカ政界にかけるのではないかということです。

ただ、その疑問も尿素市場の紹介を要領よくまとめた次のグラフ集で氷解します。


尿素は総売上の約90%が肥料・飼料と農家向けなので、存立基盤は圧倒的に農業です。農家が続々潰れることには耐えられそうもありません。

ですが、業界を代表する5大企業をご覧ください。

唯一世界的な大企業と言えるのはヨーロッパ最大の総合化学会社、BASFだけでしょう。しかし、そのBASFも、製薬部門を売り払ってしまってから停滞感は否めません。

中国石油天然気があるじゃないか」とおっしゃるかもしれませんが、会社概要に出てくる営業項目は表向きで、本業は利権分配団体という中国国有企業の典型と言うべき企業です。

アメリカのCFインダストリーズも、スイスのユーロケムも、アメリカ政界を意のままに操るようなロビイング力は持たない小さなニッチ企業です。

つまり、アメリカ政財界の主流にとって、肥料・飼料部門は切り捨てても痛痒を感じない周辺的な分野なのです。

表面的には業績好調のモンサントをアメリカ財界があっさりバイエルに売り渡したのも、農業全体とそれに付随する肥料・飼料・農薬・種苗産業を壊滅状態に追いこんでも構わないという踏ん切りがついたからでしょう。

農業縮小策は新興国・発展途上国の反撃に遭遇

ただ、この世界規模の農業縮小政策は、新興国・発展途上国の予想以上の反発を買っています。

新興国や発展途上国にとっては、世界経済における自国の地位を考えると、農業はGDPに占めるシェアよりはるかに重要な意味を持っているからでしょう。

次の4枚組グラフでおわかりいただけるように、中国・インド・ブラジルの肥料3大要素消費量を合計すると、世界全体の約半分になり、3要素どれをとっても、アメリカとEUの合計より大きいのです。



これだけの肥料購買層が存在し、農業によって生計を立てているわけですから「農民は世界統一政府では統治しにくい」といった身勝手な理由で農業という重要産業が潰されそうになれば、したたかな反撃に出るのは当然です。

さらに、肥料3大要素の輸出国を見渡したとき、ウクライナ侵攻の当事者であるロシアと、その友邦ベラルーシの2カ国が、非常に大きな勢力を形成しているという事実がからんできます。


肥料供給元としてのロシア・ベラルーシに対する依存度の高い農業国ほど、経済制裁によってロシア・ベラルーシの経済が衰退し、安定的な肥料供給が途絶えることに対する警戒心が強まります


上の2枚組グラフを見ると、肥料内製率の高いアメリカが、輸入品ではロシア・ベラルーシ依存度がかなり高くても、威勢よく経済制裁の大ダンビラを振りかざす理由はわからないでもありません。

しかし、内製率が40%を切っていて、しかも全輸入量の15%弱をロシア1国に頼っているカナダが、その尻馬に乗り、ときにアメリカ以上に強硬策を主張するのは大いに疑問です。結局、現カナダ政権がいかに自国の農業及び農家を軽視しているかの証拠でしょう。

ちょっと今日のテーマからはそれますが、世界経済フォーラムの農業敵視政策だけではなく、中国経済の全面崩壊も世界の農業および食糧供給にとって深刻な危機となることが、次の4枚組グラフでわかります。



カリウムを唯一の例外(それでも世界第5位のシェア)として、尿素、リン、3要素複合肥料の生産能力で、世界最大のシェアを占めているのが、中国です。

ですから、世界の農業と食糧事情にとっては、中国経済の機能マヒは、アメリカ経済の崩壊以上に大きな衝撃となるかもしれません

新興国・途上国の大半はロシア制裁に参加せず

といったことを見てきたうえで、次の世界地図をご覧になれば、いわゆる先進諸国を除くと、ほとんどの国がロシアに対する経済制裁に参加していないのも、無理はないことがおわかりいただけるでしょう。


しかし、発展途上国の中にも、自分の親族だけで国政の要職を独占してきたような政治家がいた国では、ヴァ―チュー・シグナリング(善いおこないをしていますという見せびらかし)として、化学肥料全廃を掲げて、国民を悲惨な境遇に追いやった国もあります。

スリランカが、その不幸な国です。


典型的な同族支配を覆い隠すための「善行」にもいろいろあるでしょうが、次写真で紹介させていただく大統領の宣言は、まさに自殺行為と言っても過言ではない暴挙でした。


スリランカは国際収支で見れば、観光業と紅茶用に栽培した茶葉の輸出が2本柱という国です。

そのスリランカではGDPが807億ドルに過ぎないのに、茶葉の輸出収入だけで4億2500万ドル(GDPの5%強)の減収になるほど、満足に出荷できる茶葉が減っていたわけです。

稼働中の茶の木が極度の栄養不足に陥り、やせ衰えていたためと思われます。樹木栽培にくわしい方に伺うと、苗から育て直す必要があれば、茶葉の収穫が回復するまでには数年かかるそうです。

「環境主義者」が環境を破壊する

こうした「環境に優しい」ことを建前とする方々が、実際には人間や、人間が栽培し肥育している農作物や家畜もまた自然の一部なのだということさえわからずに破滅的な方針を推進するのは、ほんとうに理解に苦しみます。

次の2枚の写真でご覧いただくEATの創業最高執行議長、グンヒルド・ストルダーレン博士もその不可解な環境主義者のひとりです。


派手なライフスタイルを別とすれば、彼女の「世界農業と地球人口全体の食生活改善計画」の要旨は以下のとおりです。


一応学術論文的な見かけにはなっている彼女の文章を読んでいくと、「人間が生存を維持するには1日約2500キロカロリーの熱量を補給する必要がある」という1点以外にはまったく定量的な分析がないことに唖然とします。

上の概念図にある「このままの食慣習を維持すれば」とか、「今までどおりの食糧生産体制では」といった語句を支えるべき実証データは、何ひとつないのです。

その程度の大ざっぱと言っても褒め過ぎになる稚拙な形式論で構成された概念図ひとつを頼りに「全世界で5億以上の小規模農家の経営を抜本的に改革し、77億人以上の食慣習を変革する」と豪語しているわけです。

国連は、いったい何を考えてこんな山師に食生活サミットの指導を任せたのかと、正気を疑います

まあ、傘下のWHOやFAOが完全に地球温暖化教徒に乗っ取られた状態で、どんな暴挙も地球温暖化阻止に役立つとさえ言えば許される組織になってしまったので、総元締めの国連もまたとんでもない政策を世界各国に押し付ける道具に使われているのでしょうが。

とんでもない暴挙の筆頭が家畜大量削減計画

その典型が、オランダ政府による農業圧縮計画で話題となった「家畜飼育量を大幅に削減せよ」という方針です。


家畜が糞尿、吐息、げっぷ、おなら、あくびなどで排出する二酸化炭素や窒素化合物、例えば、メタンやアンモニアは人間が排出する二酸化炭素以上に地球温暖化危機を促進している。だから家畜の頭数を現状の半分とか、3分の1に抑制せよ」というわけです。

人間が自分たちの都合に合わせて「改良」し、人間に依存せずには生きていけなくなった家畜たちを、こんどはまた人間の都合で種全体として圧縮せよと本気で言っているのでしょうか?

しかも、何ひとつ実証的な被害は出ておらず、将来出るであろうと言われていた被害予測はことごとく事実によって完膚なきまでに論破されている「地球温暖化」を防ぐために

家畜大量削減を補う動物性蛋白質の補給源として用意しているのは、実験室で培養したウシ蛋白質のまがいものを3Dプリンティングでコピーをくり返してみたら、こういう悲惨な姿となりましたという人造肉です。


エンジがかった赤い部分は赤身で、そこに乳白色の脂身がまんべんなくサシに入るはずだったのでしょう。しかし実際にプリティングを重ねて出てきたのは、ステーキ肉とは似ても似つかぬエンジと白の毛糸の集積のようなしろものです。

人造肉メーカーとしてはいち早く2019年春に上場を果たしたビヨンド・ミートは、上場後3ヵ月弱で上場日の終値の約4倍に当たる240ドル弱まで急騰しました。




しかしその後は延々と下げつづけ、直近の終値は上場初日の終値のほぼ正確に半分に下がっています

株式市場はあてにならないこともありますが、新しい分野が伸びるか、線香花火で終わるかは、比較的正しい判断をすることが多いようです。

人造肉はどうしても動物性蛋白質を食べたい人のための気休めか、目くらましでしょう。

ほんとうは世界統一政府の要職に就いているエリート以外は皆、動物性蛋白質と言えばコオロギくらいしか口に入れることはない殺伐とした食生活を送ることが想定されているのだろうと思います。

それでは飢え死にしたほうがマシだと思う人はどんどん死んでくれれば、人口過剰も直接手を下すことなく解消するというのが、世界経済フォーラムの本音ではないでしょうか。

彼らにやりたい放題をさせていれば、食糧危機は確実にやってきます

読んで頂きありがとうございました🐱 ご意見、ご感想やご質問はコメント欄かTwitter@etsusukemasuda2 にお寄せ頂ければ幸いです。 Foomii→増田悦佐の世界情勢を読む YouTube→増田悦佐のYouTubeチャンネル

コメント

ドイトシキ さんの投稿…
●「食料危機」への「食料の自給」向上の意味●

①歴史の無意識に任せた、日本の農業の考え方がある。農家の生産・販売の「農商人」が、道の駅でも誕生した所以である。
②しかし、「土地の国有」という、初期の欧州の社会主義者が出してきた概念が、日本のエリート達に、現在も農業の理想像としてある。→忘れてはならないのは、ソ連や中国の「社会国家主義」の全体主義の現実の思想があることだろう。
③私は、「農業の理想」に対して「土地の国有化」を、小さな自立農家が階層的な格差も無く並び立ち、彼らの利益が促進される限りにおいての「共有関係」を部分的に造り上げていく考え方をとる。それが、私の日本の農業の理想である。

しかし最早、
④沢山の自立的農家が並びたち、国家的・国民的な規模で食料の自給や貯蔵が出来、充分に安い農産物を消費者に提供出来る時代は、既に過ぎている。つまり、農業を主体にして考えたら、大変悲観的な見方になる。
⑤農家の現在(省略)→又の機会にコメント。
⑥農業の未来
しばらくは農産物自給の減少が当たり前。
→だから、「国の補助金」「コメの輸入自由化反対」「国による食管制度の生産・流通・価格対策」がある。
→しかし、「国の補助金」や「米の自主流通米が過半数を超えた」ので食管制度は意味が無い。
なので、農業を自由市場化し、良質で安い農産物供給が良い。
→そうした考え方の農家に、山形県村山市がある。米、野菜、果物の生産地。収入源としては、米が少なくなり、果実・野菜が主体の「複合農家」が主体。

果物の自由化で、村山市農協は「さくらんぼ」を輸入阻止して対抗力をつける努力をした。良い品質の物を安く生産する為に、技術的なことや肥料等の使用する勉強会を開いて研究した。それで、輸入品と競争に勝ち、出荷量が3番増となった。

農家は、米の生産について優秀で、良い品質の安い米を生産した方が農家にとって良いと考え方をした。自信があるから、農協と協力してアメリカの「さくらんぼ」と競争して勝った。品質の改良、風味の向上、土壌の改良を勉強し実際に実現して、輸入果実に対して負けない実績を上げた自信を持った。果実等の生産が、米の生産を上回った「複合農家」が産まれる。だから、農家から沢山の農商人(あきんど)が出てくる必要性があった。

⑦消費者にとって高くて悪い米 等より、安くて美味しい米 等を選択することが当たり前である。
→食料危機と言えども、農業生産の対抗力の「唯一の原則」は、個々の農家の人によって主張される限りなら、肯定されるべきだ。悲観的な見方になるが、日本の優秀な農家の生産・販売の「農商人」に期待するしかない。
不動産鑑定士 高橋 雄三 さんのコメント…
「事実を調べて、分析し、世の不正を公開して、知性と良識のある読者に問題提起をする」
という姿勢を貫く著者には「時代と時間」が必ず味方してくれるはずです。
福島に住んでいる私は、少しばかりの畑を楽しんでいます。
農薬を使わない畑作業なので、草むしりは不可欠です。
体力が衰えてきたので、手抜きをすると、結果は正直に出ます。
トマトはまずまずの出来でしたが、エダマメ・トウモロコシはダメでした。
文字通り結果を出せなかったワケです。
農業問題・食糧問題は人類にとっての「大問題」です。
これからの問題提起を楽しみにしています。
増田悦佐 さんの投稿…
ドイトシキ様:
コメントありがとうございます。
たしかに環境は厳しいと思いますが、私は世界経済のサービス化はほぼ確実にあらゆる企業体の経営規模の縮小を招くと見ていまして、その点で農業は製造業よりサービス化については有利なのではないかと思っております。
甘い考えかもしれませんが。
増田悦佐 さんの投稿…
高橋雄三様:
コメントありがとうございます。
強力な農薬とその力に耐える不自然な種子とのいたちごっこを避けるには、やはり草取り、草むしりが大切ということなのでしょうか。
私は、オランダの野菜・果物・花卉栽培が「まるで日本の農業同様園芸並みにこまめに手を入れている」と聞いた頃から、親近感を感じてオランダ農業を応援したいと思っていました。
今般、穀物・園芸農家も政府による理不尽な攻撃の矢面に立たされた畜産農家と一致団結して抵抗している姿に接して、ますます応援したいし、この運動が世界の政治経済を変えるきっかけになるかもしれないと思っております。