世界一の金満国家なのに国民は窮乏化? ご質問にお答えします その35
こんにちは
コロナ騒動が全世界を混乱に巻きこもうとしていた2020年1月から最新のデータが公表されている2022年11月までの、日本の輸出総額の前年同月比変化率を、数量と価格に分解して、円の対ドル為替レートの変動率と並べてみたグラフです。
中層以下のアメリカ世帯では夫婦共働きはかなり昔から定着しています。最近顕著なのがひとりでふたつ以上の仕事を掛け持ちしている勤労者の激増で、ようするに夫婦で3つ以上の仕事をこなしながら、なんとかやりくりしているのです。
今日は、次の3点のご質問にお答えします。どれも非常に深刻な問題ですからできるかぎりきちんとしたデータを揃えて、議論したいと思います。
ご質問1:なぜ政府日銀は円安誘導するのか?(経団連や他国政府などの暗躍がある?)
ご質問2:このまま日本も米英を追って更に投資家層だけが儲かる社会になっていくのか? 労働分配率が下がりつつあるいま、一般人もNISAなど投資をしないと生きていけなくなるのか?
ご質問3:現在のように国民生活が逼迫しているとき、対外純資産を切り崩し国民に還元できないのか?
お答え1:実際に、政府・日銀は国民生活の安定と繁栄を第一に考えているとは思えない円安誘導策を延々と展開してきました。
「円高で輸出産業がピンチ!」は真っ赤なウソ
まず次のグラフをご覧ください。
円の対ドルレートについては、本格的な円安に転じた2021年3月から赤字でどのくらい円安に振れたのかを付記してあります。一方、日本の輸出品全体の価格水準の変動は紺の数字で示しています。
一目瞭然と言うべきでしょうが、円安に転じて以来、一貫して円が安くなった分を埋め合わせるだけではなく、現地通貨ベースで見ても値上げになるほどの大幅な値上げをしています。
日本の輸出品メーカーは「円高になると輸出が激減してやっていけなくなる」と泣き言を言って円安誘導を図ります。ですが、実態はまったく違います。
自動車にしても、電子機器にしても、ファインセラミックスやカーボンファイバーなどの新素材にしても、日本メーカーは品質の競争力が非常に高くて、円高になっても十分採算の取れる輸出量を確保できるのです。
彼らが円安誘導を図るのは、円高でも問題なくやっていける輸出品を現地通貨で値上げしながらコストは円ベースで計算すれば、それだけ収益性が上がる、つまり濡れ手で粟と言えるほど儲かるからです。
円安に潜む多大な国民へのコスト
しかし、この円安誘導には、国民全体にとって大きな負担がつきまとっています。今度は同じように円の対ドル為替レートの変動率と、輸入総額を数量と価格水準に分解した変化率との比較でご覧ください。
日本はエネルギー資源、金属資源はほぼ全量、そして食糧資源についてもかなりの量を輸入しなければ国民生活が安定しない資源小国です。だから、どんなに海外でエネルギー資源や金属資源の価格が暴騰しても、一定量は輸入し続ける必要があります。
というわけで輸入数量はほぼ一定水準を保っているのですが、そのために支払う円ベースでのコストは、2021年春の一段の円安以来、それまでの約1.5倍に膨れあがっているのです。
あとで詳しくご紹介しますが、日本国民の実質勤労所得は21世紀に入って以来延々と20世紀末を下回る水準が続いて、やっと2016年頃になって20世紀末の水準を回復した程度の伸びしかしていません。
それだけ所得が低迷しているのに輸入品を買うたびに従来より1.5倍の代金を払わされたのでは、国民全体の生活水準がじりじり窮乏化するのは当然です。
かんたんに言えば、現自公連立政権は財界のおっしゃるとおりの政策を推進する政権で、国民が窮乏化することなど、輸出産業の収益率向上に比べれば、大した損失ではないとタカをくくっている政権だということです。
もし、日本の輸出産業各社が輸出品を円安になるほど安く売っているということであれば、「品質の良い日本製品を安く買える状態を維持したい」ということで外国政府の暗躍ということも考えられるでしょう。
ですが、実際にはまったくそうなっていないので、これは明らかに財界のご意向に忠実に沿った政策を展開しているだけだと思います。
ただ、そこで気になるのは、政府・日銀の政策に批判的な方々でも「円高になると日本の輸出産業は値下げをしないと売れないので、無理やりにでも人件費を抑制して輸出先での価格競争力を維持しようとする」といった「円高悪者」説を唱える方がいらっしゃることです。
この主張が事実無根であることは、財務省が公表している「貿易統計」をご自分でお調べになればすぐわかることです。
それなのに、政府や大手メディアの宣伝を真に受けて、日本の勤労者の実質所得が伸びないのを円高のせいしたりするのですから、ある意味では財界の忠実な下僕である自公連立政権以上にたちの悪い議論だと言えるでしょう。
日銀YCC政策も同様に金融機関の言いなり
現政権がどちらを向いて政策決定をしているかがわかるのが、日銀が異常な低金利を維持するために延々と展開してきたイールドカーブ・コントロール(YCC)政策でしょう。
これは、日本国債の中でも指標銘柄である10年債の金利を、一定の上下限の中に維持するために、その上限を超えた金利に上昇(国債価格は下落)しないように、日銀が一手に買いを引き受けて値崩れを防ぐという政策です。
去年の9月までは0%を中心に上下0.25%づつの枠内に収める方針でしたが、10月から上下限を2倍にして、プラスマイナス0.5%の枠内に収めるという方向に若干緩和しました。
日銀としては、枠を拡大することによって「超低金利で割高なうちに売り抜けておきたい」という国債を保有する金融機関の売り圧力が少しは弱まると期待したのかもしれません。
でも、上限がわずか0.25%から0.5%に広がった程度では、日本国債が異常な低金利で割高だという事実は変わりません。おそらく日銀の意図に反して売りものは殺到し、日銀が買い取る日本国債の量は、次のグラフのとおりに激増しました。
彼らが超低金利=超高額で買ってしまった国債を損失を出さずに売り抜けることができるように、0.5%の金利で無制限に買い取ってやっているのが、日銀イールドカーブ・コントロール政策の本質なのです。
「景気浮揚のためには、積極的な投資がしやすいように低金利を維持する必要がある」というのは、まったく空疎な形式論です。
企業は円安で水増しされた利益の大半を内部留保にとどめたまま積極的な投資に回さず、銀行は預金総額に対する融資総額の比率(預貸率)が低迷しっぱなしです。金利を低水準に維持していても投資は回復しません。
投資が回復しないのは、消費が冷えこんでいるから
日本国民の大多数を占める平均的な賃金給与を稼いでいる勤労世帯では、1999~2015年の期間で、実質所得が低下したままの状態でした。
2016年からやっと回復に転じて、2018年になんとか1999年の水準を奪回しただけなのです。
こんな状態で「これからインフレが本格化するから、どうせ必要なものは早く買っておいたほうが得だ」などと宣伝しても、日本の消費者は賢いのでむしろ将来に備えてますます財布のヒモを引き締めてしまいます。
だからこそ、企業がなんとか儲かりそうな事業に資金を投じたいと思っても、なかなか消費者が跳びついていくる新製品も新サービスも考えつくことができないのです。
それでもなお、本来自己責任で損を引き受けるべきプロの投資家から高値で国債を買い取ってやることには毎日数兆円を遣いながら、ほんとうに困窮している勤労世帯のためには年間数百億円とか数千億円の支出にも二の足を踏むのが、現在の日本政府・日銀なのです。
アメリカの政府・連邦準備制度が大企業本位の政策しか打ち出さないのは、巨額ワイロで丸めこまれているからです。
それに比べて、日本の政府・日銀はいまだに「国民には我慢をさせてでも大企業の投資最優先の政策が結局は国民全体を豊かにする」という高度成長期には正しかった時代錯誤の古い発想に縛られているので、輸出産業や金融業界に奉仕する政策しか取れないのでしょう。
お答え2:この苦境を乗り切るためには、日本国民も今までのように貯蓄中心の堅実な資産形成から、NISAなどを活用して積極投資に転換すべきでしょうか?
私は、それは日本国民の大多数をさらに貧困化させることにしかつながらないと思います。
一億総投資家社会を目指すべきか
金融化の進んだ経済は、必然的にいつでもどこにでも投下できる原資をたくさん持った大金持ちはますます資産を増やし、小さな元手を懸命に拡大しようとする個人投資家の大部分は、一度か二度の金融危機で元も子もなくすという残酷な社会を創りだします。
次のグラフをご覧ください。
しかし、下から90%の累計伸び率はわずか24%で、年率にすると0.5%にも満たないほどの小さな伸びしかしていません。
この中にはトップ11%目というかなりの高額所得者も混じっていて、こうなのです。
アメリカでは日本でNISAと称している、確定拠出型で運用さえうまく行けば大きな資産を築ける401kという年金制度もかなり昔から普及していました。
ですが、毎月ごくわずかな金額しか積み立てることのできなかった401kの大半は、2000~02年のハイテクバブル崩壊、そして2007~09年のサブプライムローンバブル崩壊でのへこみを取り戻せず、水面下のままという状態です。
もちろん、中には運良くこのふたつの危機を乗り切って、大きな資産形成に成功した人もいるでしょう。ですが、完全に年金資金を失ってしまった個人世帯も多いし、金融市場で表に出てくる数字は、生き延びることのできた幸運な少数者の運用実績なのです。
アメリカの個人家計の大半がいかに切迫した環境で苦闘しているかは、次の勤労者数統計に如実に表れています。
中層以下のアメリカ世帯では夫婦共働きはかなり昔から定着しています。最近顕著なのがひとりでふたつ以上の仕事を掛け持ちしている勤労者の激増で、ようするに夫婦で3つ以上の仕事をこなしながら、なんとかやりくりしているのです。
こういう世帯でひねり出すことのできる余裕資金を投資に回しても、なかなか順調な資産形成は望めないでしょう。
それ以上に、本業にまじめに取り組んでいれば多少はゆとりのある生活のできた高度成長期後半の社会を再現することを目指すべきであって、しょせん原資が大きければ大きいほど有利な投資に頼って、本業ではむずかしい生活水準の安定を図るべきではないと思います。
お答え3:世界最大の対外投資を少しでも取り崩して、窮迫した国民の支援に使えないものでしょうか?
もちろん、原則的にそれは可能ですし、国民が労働生産性の上昇率程度のわずかな給与所得の増加にさえ与っていない現状では、真剣に検討すべき課題です。
日本の対外純資産は莫大
まず、日本の対外純資産、つまり諸外国への投融資から諸外国から日本への投融資を差し引いた額がいかに大きいかから見ていきましょう。
対外総資産が約1250兆円、対外総債務が約840兆円、差し引き対外純資産が約410兆円というのは、突出した数字です。
次の表でもおわかりいただけるように、2~4位集団を形成しているドイツ・香港・中国の1.3倍から1.8倍に達します。
しかし、勤労国民の実質所得は約20年間横ばいで、物価がじりじり上がりはじめただけで生活水準が低下してしまうという苦しい中で、諸外国の発展のためにこれだけの投融資をしつづけているのは、本末転倒でしょう。
もちろん、金融機関や海外事業を手広く展開している企業にとっては、日本で資金を滞留させているよりそのほうが好収益を望めるからという当然の選択でしょう。
ですが、日本の労賃がこれだけ低迷している最大とは言わないまでも大きな理由が、日本の勤労者は輸出企業が現地通貨ベースで値上げして獲得した利益をまったく配分してもらえずに、低迷の続く円ベース賃金に縛られていることなのです。
というわけで、原則論は明快なのですが、現実にどうこの巨額の対外純資産を取り崩して国民をより豊かにするために使えるかということになると、さまざまな問題が噴出します。
たとえば、世界中でほぼ日本だけが、外貨準備はほとんど全額米国債で持たされています。この点は、日本と似た経済成長をやや小さなスケールで実現してきた韓国と比べても、非常に大きく違っています。
一方外貨準備が日本の約3分の1の4000億ドル前後の韓国は、そのうち約3分の1しか米国債で持っていません。つまり、韓国の米国債保有高は日本の10分の1強で済んでいるのです。
これはやはり、アメリカ政府にとって日本は外貨準備を金やユーロやその他通貨などで持って、自由に切り盛りされたら危険な国だという警戒心を怠らずに対処すべき存在だと言うことでしょう。
一方、韓国に対しては「まあ外貨準備ぐらい、自由に持ちたい通貨でお持ちなさい」と鷹揚に構えているわけです。
なぜ、日本だけがそこまで警戒されるのでしょうか。それもやはり、日本の対外純資産が突出して大きいからなのです。
現在の日本の対外純資産、約410兆円は米ドルに換算するとほぼ3兆ドルとなります。そのうち、ほぼ半額に当たる1兆5000億ドルを日本はアメリカへの投融資として持っているのです。
この1兆5000億ドルは、アメリカの現在のGDPの約7.5%に当たります。もしこの金額が、たとえば日本国内で期待できる金利配当収入が改善したという理由で日本に引き揚げられたりしたら、アメリカ経済はお手上げです。
国も、企業も、家計も全部借金経営なので、突然日本からの投融資がとだえたら、国内経済の資金が回らなく待ってしまうし、日本に代わってその穴を埋めてくれる国は、見当たらないからです。
その深刻さは、次の2枚のグラフがみごとに表しています。
また、機関投資家の資金配分の中枢を担うアセットアロケーターたちのあいだで、米株にオーバーウェイトという人の比率からアンダーウェイトという人の比率を差し引いた数値が、国際金融危機の頃以来の大きなマイナスになりました。
つまり、アメリカは日本からの投融資が細ることをそれほど深刻に警戒しているのです。
この警戒を突破するには胆力が必要
というわけで、過去にも何度か日本がアメリカ国債を大量売りするのではないかという「疑惑」は政治問題化しています。
中でも大きな話題となったのが、橋本龍太郎元首相が首相在任期間中の1997年に、アメリカの大学で講演をした際に「あまり円高でいじめられると、米国債を売りたいという衝動に駆られることもある」と発言したことでしょう。
アメリカ株式市場は、当時としてはブラックマンデー以来の大幅安となり、大人気で首相に就任した橋本氏の周辺に、その後さまざまなスキャンダルがつきまとうようになります。
結局、選挙戦での惨敗を理由に1998年の総辞職に追いこまれて首相を退くのですが、学生時代から続けていた剣道の稽古を欠かさず、体調的にはまだまだ再起の可能性を感じさせる雰囲気がありました。
ところがその後10年も経たないうちに、敗血症性の多臓器不全という難病にかかり、最後には大腸の大部分と小腸の一部を摘出する手術を受けながら、回復することなく世を去ります。
「問題発言」とは時間的にかなり隔たっていることから、謀殺の可能性は低いと見るのが常識でしょう。
ですが、アメリカ経済の根幹を揺るがすような発言をする政治家は、ほとんど影響力のない元首相になってからでも、ほかの政治家に対する見せしめとしてなるべく悲惨な死に方をさせるということだってあり得ます。
日本が豊富な対外純資産のごく一部でも引き上げて日本国民のために遣おうとするには、まず自分の命程度で済むのであれば喜んで差し上げる程度の胆力を持った政治家から養成する必要がありそうです。
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