第二次世界大戦とともにアメリカの市場経済は終わっていた 前編
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しかも、737 Maxにはこの自動制御装置が装着されていることをボーイング社はきちんと説明せずに「737が原型になっているから、737の操縦桿を握ったことのあるパイロットなら、約2時間の机上講習だけで737 Maxも操縦できる」と宣伝していました。
「国防予算依存度の高い軍需産業各社の中では研究開発投資額が比較的多かった旧ユナイテッド・テクノロジーズ社とレイセオン社が合併して誕生したレイセオン・テクノロジーズ社だけが、中国の軍需産業大手に匹敵する売上高成長率を達成している」というわけです。
たしかに、2年続きの墜落事故の影響がフルに現われた2020~21年の決算では、ボーイング社を含む大手各社の営業利益・純利益は激減しました。しかし、2019年まではその兆候もなく、研究開発費を絞りこまなければならない理由はほとんどなかったのです。
左側ふたつの利益率指標で見ると、ボーイングが入った場合と入らなかった場合では2020年以降にかなり大きな差が出てきます。ですが、右側ふたつのキャッシュフロー指標で見ると、2020~21年のへこみ方はさておき、2022年には双方とも急改善しています。
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まず先週の木曜日を予定していたこの記事の投稿が大変遅れてしまったことを、深くお詫び申し上げます。
2020~21年は、アメリカ社会が抱えていた病巣がさまざまなかたちで一挙に政治・経済・社会を揺るがす問題として噴出した、特異な2年間でした。
今回は1946年にロビイング規制法という名の贈収賄奨励法が制定されて以来甘やかされ放題で成長してきたアメリカの軍需産業が、ついに破局を迎えた2年間として2020~21年をふり返ってみたいと思います。
なお、非常に広い分野に影響を及ぼす問題なので、今日と今週の木曜日(5月4日)の2回にわけてお届けします。
万年好収益産業の危機
まず、アメリカの軍需産業(国防産業とも言います)がいかに安定して高い利益率を誇ってきた業界だったかというところからふり返ってみましょう。
上段をご覧いただくと、2000~19年の20年間は売上規模が10億ドルに達しない中小規模の企業に営業赤字が出ることはあっても、全体としてかなり高い利益率で推移してきたことが推測できる数字になっています。
中でも、売上規模が100億ドルを超える大手8社——2020年以降はレイセオン社がレイセオン・テクノロジー社に吸収されたので大手7社になりました――については、2010~19年の10年間米国籍で軍需主体の企業はすべて2ケタの営業利益をあげていたことがわかります。
下段1行目のボーイング社は軍需より民間航空会社に旅客機に納入するほうが主体の企業です。3行目のテクストロン社は、傘下にヘリコプターのベル社、軽飛行機のセスナ社、ビーチクラフト社を擁し、こちらも民需主導型です。またBAEはイギリスを本拠とする企業です。
そうした中で、2020年以降は突如アメリカ軍需産業の中でも総売上で言えば最大級のボーイング社が急激に軍需産業全体の収益性を押し下げることになりました。
2020年以降あまりにも多くの大ニュースが報道されたためにお忘れの方がいらっしゃるかもしれませんが、2018~19年、2年連続でボーイング社の最新型旅客機737 Maxが乗員・乗客合わせて200名近い犠牲者を出す墜落事故を起こしたことが、直接の原因です。
ですが、私は、この大惨事を招いた間接的ではあるけれども非常に大きな要因は、ボーイング社を始めとするアメリカの軍需産業各社が、国防予算からの発注を受けるにあたってあまりにも有利な条件で受注できることに慣れきっていたことだと思います。
そのへんの事情をまず、この2つの事故の原因調査の結果などから解明していきましょう。
ボーイング737 Max、2年連続墜落事故の真相
ボーイング737 Max機の原型となった737シリーズは、1967年に初就航した737-100以来、中距離を航行する座席数中規模の旅客機の中では圧倒的に高いシェアを持つ花形機種を多数産み出してきました。
ところが、世紀の変わり目になった1990年代末から2000年代初頭にかけて、旅客機の売れ筋がもう少し航続距離が長く、もう少し大勢の旅客を積みこめるタイプに変わっていたのです。
この分野では、1970年に設立されたヨーロッパ諸国連合の航空機製造会社エアバス社のA320 neoという機種が、原型であるA320がボーイング737より機体が太いことを利用して大きなエンジンを採用してボーイングから市場シェアを奪う形勢になっていました。
そこで、ボーイング社としては機体の細い737に強引に大きなエンジンを装着するために、これまでの737型機より機体の前方の高い位置にエンジン取り付け箇所を変更したのです。しかし、この設計変更によって737 Maxには深刻なリスクが出てきました。
エンジンという重い部品が機首に近いところにあると、機首側に浮力が生じて機体が立ち上がるかっこうになって、失速する懸念が大きいのです。
同社の研究開発陣はこのリスクを抑えるために、標準装備として「操縦性補正システム(MCAS)」という自動制御装置を737 Maxに取り付けることにしました。その機能は次の図解でご覧いただけるとおりです。
しかも、737 Maxにはこの自動制御装置が装着されていることをボーイング社はきちんと説明せずに「737が原型になっているから、737の操縦桿を握ったことのあるパイロットなら、約2時間の机上講習だけで737 Maxも操縦できる」と宣伝していました。
2016年に初就航した737 Maxはたちまち人気機種となり、インドネシアのライオン航空機が墜落した2018年10月頃には、完成した機体が格納庫だけには収まらず従業員の駐車場にまで駐機して世界各国の航空会社への納機を待つという状態でした。
そんな中で、ライオン航空機が墜落した際には、たったひとつだけ作動中だったセンサーが機体は水平であるにもかかわらず、機首が浮き上がっているとの間違った情報をフライトコンピューターに送ってしまったようです。
そのため、MCASが起動されて水平の機体を強引に機首を下向きに変えてしまい、操縦士が何度手動で機首を持ち上げても、執拗に機首を下げる動きをくり返していたと、後日の原因調査で判明しました。
大惨事を防ぐために何度も手動で機首を持ち上げたのに、そのたびにまた機首を下げられてしまうという体験をくり返したパイロットの絶望感と恐怖心は、想像するにあまりあるものがあります。
原因はたんなる研究開発費の節減か?
それから半年もたたない2019年3月に、エチオピア航空の737 Max機が同国首都アジスアベバ空港を離陸した直後に墜落したのも、ほぼ同様の理由だったと言われています。
いったいなぜ、ボーイング社はこれほど安全対策が不備なままで、新型機種を就航させてしまったのでしょうか。
よく持ち出される説明が「アメリカ産業界のご多分に漏れず、航空機という人間の命を預かる製品を送り出す企業までもが、増配や自社株買いにばかり熱心になって研究開発費を節約しすぎた」というものです。
下のグラフは、表面的にはこの説明の正しさの証拠のように見えるデータを示しています。
ただ、軍需産業は将来の収益成長への投資より配当・自社株買いといった株主還元のほうを優先する風潮が顕著になる前から、研究開発投資の少なさで悪名高い業界でした。
その根拠となっているのは、次のグラフが示すとおりの米中軍需産業大手の売上成長率格差です。
たしかに、比率で見ればレイセオン・テクノロジーズ社の研究開発投資額は、アメリカの同業他社を大きく上回っています。ですが、絶対額で見れば、研究開発投資に熱心な他産業の大手に比べれば微々たるものです。
私は、レイセオンの売上成長率が高かったのは、民主党ジョー・バイデン政権誕生とともに、陸軍大将まで昇進したあとレイセオン社重役を務めていたロイド・オースチンがそのまま国防長官に就任したことの効果のほうがずっと大きかったのではないかと考えています。
現代アメリカの政財官界は、それほどコネ(縁故)とカネ(贈収賄)で動く世界なのですが、その仕組みを解明する前に、もう少しアメリカの軍需産業が持つ財務・収益体質の特徴をチェックしておきましょう。
キャッシュフローが異様に潤沢なアメリカの軍需産業
研究開発費が総売上に占める比率が低下したのは、決してこの分野の出費を削らなければ増配や自社株買いの資金が捻出できないほど資金繰りが逼迫していたからではありません。
たしかに、2年続きの墜落事故の影響がフルに現われた2020~21年の決算では、ボーイング社を含む大手各社の営業利益・純利益は激減しました。しかし、2019年まではその兆候もなく、研究開発費を絞りこまなければならない理由はほとんどなかったのです。
それまでの段階でボーイング社を含むと大手の利益率が下がっていたのは、ボーイング社が民間航空会社の発注する旅客機への収益依存度が高かったからで、これはとくに資金繰りが逼迫していたことを示すわけではありません。
ここで軍需産業最大手10社に絞って主な収益指標を比較すると、一貫して軍需専業度の高い同業他社より低収益だったボーイング社を含めた場合と除いた場合とでは、次のような違いがあるとわかります。
左側ふたつの利益率指標で見ると、ボーイングが入った場合と入らなかった場合では2020年以降にかなり大きな差が出てきます。ですが、右側ふたつのキャッシュフロー指標で見ると、2020~21年のへこみ方はさておき、2022年には双方とも急改善しています。
このキャッシュフロー面での改善ぶりは、2020年のボーイング社単独の決算が営業損失率85.7%というとんでもない大損失に終わっていただけに、奇妙な印象を受けます。
2016年度予算では国防費総額5803億ドル中の13.6%、兵器弾薬資器材調達額1401億ドルの56.5%に当たる791億ドルが、本来であれば軍需産業各社が自社の費用とリスク負担でおこなうべき研究開発検証評価資金として国防省予算に計上されていました。
なぜ、軍需産業各社はたとえ本業で大幅な営業損失を出した年でさえも、キャッシュフローはあまり大きく減少しないし、その後業績が回復すればすぐキャッシュフローも改善するのでしょうか。
軍需産業は隠れた不況ヘッジ業種
どこまで原因を理解した上での選択かわかりませんが、アメリカ株市場の参加者の中には、軍需産業が不況の際にも、自社の業績が極端に悪いときでも、非常に安定したキャッシュフローを維持できる体質だと気づいている人たちがいるようです。
ですから次の図表上段のグラフでご覧いただけるように、軍需産業株への投資から得られる総合収益率は、とくに景気が低迷している時期には突出したものとなります。
まず、画期的な新しい製品を国防総省が要求する際には、その製品デザイン細部の確定までの技術開発の費用をほぼ全面的に負担することもあります。受注業者にとっては、完成に至るまでの金銭的なリスクはほぼゼロで取り組むことができるわけです。
さらに、これまで市場に出回っていなかった原材料や部品を調達する必要がある場合には、受注業者が「公正」と見た費用で調達し、もともとの受注価格での想定を上回る費用がかかれば、上積みを発注者側が払ってくれます。
また、新製品を製造する際に大規模な製造ライン変更や新しい製造ライン構築が必要な場合には、そのための設備投資の財源の調達も発注者側でしてくれます。
受注者がコストの一部を自腹を切って立て替えておいて、製品納入時にその分を受注時の約定に上積みされたかたちで受け取るのではなく、受注から納品と支払いまでのあらゆる不時の支出のリスクを全部発注者側が吸収する仕組みになっているわけです。
この受注企業側にあまりにもおいしい契約慣行は、主に第二次世界大戦中に兵器や弾薬を大増産するためのインセンティブとして、あくまでも非常時の特例として採用されていたものが原型です。
自動車ビッグスリーに戦闘機を造らせたのもこの方式の成果
連邦政府は、大不況直前には年産400万台レベルに達していた自動車生産が大不況初期に100万台レベルまで落ちこんだ自動車製造大手3社に「第二次世界大戦中は長いベルトコンベアラインを活用して戦闘機の製造に業態転換してくれ」と依頼しました。
第二次世界大戦初期に戦争特需も手伝ってやっと回復の兆しが見えてきた自動車メーカーとしては、当然のことながら「自社の工場で自動車はいっさい造らず戦闘機製造に専念してくれ」との要請をすなおに受け入れられるはずがありません。
政府は「生産ラインの改変費用も、戦争が終わったら元の自動車生産に戻すための費用も全額負担する。さらに戦闘機1機当たりの価格も応分の利益が出る価格設定を保証する」と申し出て、やっと乗用車製造から戦闘機製造へと業態転換させることができたのです。
当然のことながら、自動車メーカーまで兵器生産に動員した経緯をしっかり見届けていた軍需産業各社は、戦時から平時への転換で大幅な減収減益が予想される自分たちの企業にもこの手が適用できるだろうと考えたわけです。
「兵器製造ラインを15~20年償却の予定でつくってしまってから、平和になってその兵器が不要になったとしたら、期間収益がどんなに良くても長期のキャッシュフローは惨憺たるものになる。だから設備投資の資金調達も発注側でやってくれ」というわけです。
そもそも自由競争の市場経済では、製造業の企業経営者がどの程度の金額でどの程度の耐用期間の設備を造るかは、完全に自己責任で決定すべき事項です。
ですが、当時の軍需産業各社にはある程度情状酌量すべき事情も介在していました。次の年表が示すとおりです。
第二次世界大戦のピーク時には、直接の戦費だけでGDPの35.8%、国防費総額となるとGDPの37.5%まで高まっていました。
戦争が終わって平和が来れば、どう頑張っても国防費総額はGDPの1割未満に落ちるでしょう。売上の激減は仕方がないとしても、その中で自社の利益額とキャッシュフローをなるべく縮小させないために、軍需産業各社は連邦議会議員に猛烈な陳情をおこないました。
こうして第二次世界大戦直後の1946年に連邦議会上下院を通過して成立したのが、あらゆる取引慣行を業界に有利で国民に不利なかたちに変えることを可能にする「ロビイング規制法」という名の贈収賄奨励法でした。
軍需産業は今なおその成果を享受しつづけている
もちろん、この法律は軍需産業だけを利するわけではありません。有力産業の寡占企業が業界だけでなく、ときには社会全体を自社に有利なかたちに変えるための法律や制度を政治家・官僚たちにお願いするための道具として使うようになりました。
また、同一人物があるときは企業重役として贈賄側に回り、あるときは議員として法律を制定し、事業官庁の高級官僚として企業に発注する収賄側に回り、またあるときには両者のあいだを取り持つロビイストに変わるわけです。
アメリカで政財官界の「回転ドア」と呼ばれている現象は、政権党が変わるたびに高級官僚の顔ぶれが一変することではありません。それは選挙で選出される議院内閣制や大統領府制が存在する国ではどこでもあることです。
そうではなく、同じ人物が贈賄側、収賄側、そして仲介者とくるくる立場を変えながら、政財官界を貫く強固な利権共同体の一員として儲けつづけていることを、回転ドアと表現しているのです。
私の知っているかぎり、先進国と呼ばれる国々で贈収賄というカネの力によって政治・経済・社会を自分たちの都合のいいように変えることが合法的にできる国は、アメリカだけです。
そして、軍需産業は製薬産業や医療関連の職能団体とともに、この合法化された贈収賄を最大限活用している集団のひとつです。その赫々たる成果は、軍需産業が儲けるための研究開発にアメリカ政府がいかに巨額の資金を投じているかを見ても明らかでしょう。
ロシア軍によるウクライナ侵攻によって久しぶりに大戦争勃発の危機が近づいた2022年度(2021年10月~2022年9月)には、研究開発検証評価予算はさらに拡大していました。
国防費総額7789億ドルの15.3%、兵器弾薬資器材調達費1390億ドルに対しては実に85.5%に当たる1188億ドルに達していたのです。軍需産業各社は決して研究開発費をけちっているわけではありません。むしろ、莫大な金額を遣っています。
ただ、その金額を自社が負担するのではなくて「親方星条旗」でアメリカ国民にツケを回しているのです。自社負担で大きな研究開発プロジェクトを推進して、結局モノにならなければ、全額自社の損失になります。
ところが、国防総省を通じて国民の税金で払ってもらうことができれば、損失は自社ではなく国民がかぶることになります。失敗した研究開発プロジェクトのコストに自社の中間マージンを上乗せ請求してそれが通れば、利益を押し上げることにもなります。
このあまりにも受注側にとって有利な環境に慣れ切っているからこそ、ボーイング社が737 Maxを市場に投入する際にも、多少の失敗は取り返すことができるという安易なスタンスで臨んでしまったのではないかと思います。
次回の後編では、軍需産業と並んで合法的贈収賄をフル活用している製薬業界の事例などを通じて、アメリカ経済はもはや自由競争の市場経済ではなくカネとコネがすべての利権経済になってしまったことを論じます。
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