ついに始まったアメリカ株大崩壊 中篇

こんにちは

今日は3月18日に投稿した『ついに始まったアメリカ株大崩壊 前篇』に続く中篇をお届けします。なお、前篇では「2回にわけて」と書いておきました。

ですが、その後トランプ大統領懲罰的な高率関税を導入して中国に貿易戦争を挑むという無謀な選択をした結果、アメリカの政治・経済・社会・外交軍事全般にわたる没落の足取りは一層早まったと判断し、詳細な分析をするために前・中・後の3篇構成とさせていただきます。

「解放の日」は何を解放したのか?

欧米の大手メディアは、通常曲がりなりにもアメリカの現職大統領が推進する方針には微温的な表現で評価することが多いものです。

しかし、トランプが「解放の日」と銘打った4月2日にアドバルーンを上げ、3日に詳細を発表したアメリカに対して貿易黒字を出している諸国全部に対する懲罰的な高率関税課税案は、ちょっと違います。

大手メディアの中でも穏健派と分類されるイギリス『エコノミスト』誌でさえ、表紙案として次の2枚の絵柄を選ぶほど、常軌を逸した方針でした。


トランプが自分で足元の地盤をのこぎりで切り崩している図柄といい、「これで再び偉大になるのはアメリカではなく中国だ」という主張といい、ふつうならそこまでやらないほど辛辣な皮肉の効いた表紙案になっていました。

しかし、トランプ政権が発表した「相互(報復)関税」導入方針は、酷評されても仕方がないほどずさんで、しかもアメリカ製品を輸入したくても輸入できるほどの資金を持たない貧困な国々にとって死活問題と言えるほど過酷なものだったのです。

トランプが「レシプロカル(reciprocal、相互的あるいは報復的な関税」と呼んでいる諸外国に対する関税率は、本来「相手国がこれだけの貿易障壁を築いているから、わが国もこれだけ高率の関税をかけて対応しますよ」という趣旨のはずです。

ところが、トランプが自信満々で得々と振りかざしたフリップボードに書かれた高率関税案は、相手国が築いた関税・非関税両面にわたる障壁とはまったく関係のないところで弾き出された数字だったのです。


左側の一覧表に出ている数字をご覧になれば、ベトナムカンボジアバングラデシュスリランカといった国々に中国以上に過酷な高率関税を課すはずになっていたことがおわかりいただけるでしょう。

これらの国々の共通点は、アメリカに対してそこそこの輸出額があるけれども、残念ながらまだ貧しくてたとえ買いたくともほとんどアメリカ製品を買えない経済状態の国々だということです。

トランプは「貧しいこと自体が非関税障壁だ。アメリカに輸出をして稼ぎたかったら、輸出額相当の輸入ができるようになってから、出直してこい」とでも言いたかったのでしょうか。

どうもトランプは「アメリカ製品はどこに輸出しても他国の製品に引けを取らない品質だ。だから、アメリカが輸入超過になるとすれば、それは相手国がずるをしているからに違いない」という大昔からアメリカの貿易赤字がかさむたびに言い古されてきた神話を本気で信じこんでいるようです。

結局のところ、「解放の日」はいったい何を何から解放したのでしょうか。経済統計を見るかぎり、世界中で投融資をしようと待機している資金を「やはりアメリカほど強くて大きくて、投資機会に満ちた国はない」という固定観念から解放してしまったようです。

次の2段組グラフをご覧ください。上段は過去数年間政治的にも経済的にも凋落著しいユーロ圏の通貨である、ユーロに対してトランプ政権の登場がどんな意味を持ったかを示しています。


2023年秋と去年暮れから今年の初めにふたつ大きな山をつくって上昇してきた米ドルの対ユーロ為替レートが、トランプ政権の本格稼働と同時に壮烈な2段下げを演じています。どうやらこれは、アメリカから投融資資金=資本が逃避しはじめた兆候を描いているようです。

資本逃避は、先進国ではめったに起きないと言われています。

でも、もし起きてしまったら、とくにアメリカのように経常収支も財政収支も慢性赤字が拡大する一方という国では、債務の踏み倒し宣言をするか、長期にわたるハイパーインフレで実質的な元利返済負担を激減させるか以外には解決策のない、怖い事態です。

そして、下段もやはりかなり皮肉な「解放」を示唆しています。国債の金利が上がるということは、その国債の価格が下がることを意味します。発行元である政府にとっては今までと同じ金額を借りようとすると、金利負担が増えるので歓迎できない状態です。

ところがアメリカの場合、国債の金利上昇についてこれまではあまり心配しないで済んでいました高金利を求めて世界中から資金が押し寄せてきて米ドルの諸外国通貨に対する為替レートが上がって、米国政府にも国民にも購買力が上がるという利点があったからです。

しかし、見事に「解放の日」を分岐点にして、国債金利が上がる(=国債価格が下がる)と、米ドル指数が上がることで金利負担増加の重荷を軽減してくれるという図式が逆転してしまったのです。

4月3日以降は、国債金利が上がって国債価格が下がり金利負担が増えると同時に、米ドル指数も下がってアメリカ経済全体にとって購買力が下がるという泣きっ面に蜂の状態がふつうになってしまったのです。

株式市場は敏感ですから、こうした情勢変化にすぐ対応します。そして、今年2月初めに史上最高値をつけたS&P500株価指数は、次のグラフでご覧のとおり、トランプ関税政策発表直後にピーク比で20%下落という伝統的なベア弱気相場の条件を満たしてしまったのです。


トランプは、関税政策発表直後から自分でつくったお手盛りSNSサイトであるトゥルース・ソーシャルで、1国の元首が自国の中央銀行総裁に使うことばとは思えないほど無礼な表現で連邦準備制度Fed)のジェローム・パウエル議長に金利引き下げを要求していました。

どうしてここまで露骨な表現をしたかといえば、翌5日に公表する手はずはすっかり整っていたビデオ映像で、「米株市場の暴落は自分の天才的な戦略で意図的に起こしたことだ」と主張しているのに、現実はまっこうからその反対に動いてしまっていたからです。

強がりを言うほど墓穴を掘るトランプ

次にご覧いただくのが、このビデオ映像を編集したモンタージュですが、自分の失策を認めず強がりを言うほどその強がりが現実と遊離していく悲哀がすばらしく表現されていますので、ぜひ元になったティックトック映像もご覧ください。


残念なことに、このビデオ映像が公開されたときにはもう、株が下がると同時に国債金利も上がって国債価格も下がる相場になっていました。

トランプ自身が、このビデオ映像の中で「株価なんて20%ぐらい下がってもへっちゃらだけど、大口の国債借り換えスケジュールが詰まっている現状では、国債金利の上昇だけはなんとしてでも避けなければならない」とかなり率直に告白しています。

そこで「手柄はいつも自分のもの、ヘマは他人がすること」というご立派な世界観を持っているトランプは金利上昇の責任をFedのパウエル議長に負わせて、「さっさと金利を下げろ」と叱責したわけです。

それにしても、バイデン政権末期にはすっかり沈静化していた卵の値段まで、いかに自分の経済政策が優れているかの証拠として持ち出したのは、あまりにもウソが見え透いた大失敗でした。

じつにタイミング良く、A級大玉卵1ダースの値段が史上初めて6ドル台に乗せたとき「卵の値段が下がったのも俺のおかげ」と自慢している動画を公開してしまったからです。


それとも、トランプは「どうせ俺の支持者たちは経済統計なんか見ないし、たとえ見たところでそれが何を意味するかなんてわかるはずがない」とタカを括って大ウソをつき続けるつもりなのでしょうか。

そして、自分が提唱した懲罰的な高率関税政策が株安を招いたことをよく知っているトランプは、今度はこの政策の実施を延期したり適用対象を絞ったりすれば、株価は上がると読んで、堂々と現職大統領の身でインサイダー情報を流布し始めます。



始めは「高率関税実施の90日延期なんてフェイクニュースだ」と言っておき、次に実際に延期を発表し、そして時間外であきないが閑散な土曜日を狙って、今度は「高率関税の対象からコンピューターやスマートフォン、半導体製造装置を外す」と言ってのけたのです。


もちろん、実際には自社製品をほぼ全部中国で造らせているアップルなどから強烈な突き上げと、従来以上の高額ロビイング献金の約束などがあったのでしょう。とは言え、ここまで露骨に株の売買についてインサイダー情報を流した大統領トランプが初めてでしょう。

待てど暮らせど最愛の人からの電話は来ず

しかし、問題は上の表で箇条書きした項目のうちの4、トランプが期待していた中国からの税率を下げてくれ」というような交渉の電話がまったくなく、それどころか中国はアメリカ以上に高率の関税をかけて反撃する」と主張していることでしょう。


孤独な独裁者の悲哀と言うより、ティーンエイジャーの女の子がみんなの憧れの的になっているボーイフレンドからの電話を待っているような、幼稚な強がりがよく出た風刺写真の傑作だと思います。

そもそも「アメリカが懲罰的な高率関税をかければ、中国は降参して税率を下げてくれとお願いしてくるはずだ」という発想自体が時代錯誤であり、事実無根なのです。まず製造業に限定した中国の「対米依存度」から見ていきましょう。


いちばん「対米依存度が高いその他製造業(ここにはオモチャや雑貨などが入ります)でも25%で、ほとんどのサブセクターでは10%台半ばとなっています。全製造業で見た対米依存度も14.8%で「アメリカに輸出できなければ食っていけない」ほどではありません。

そもそも依存度という用語が見当違いで、どこの国へでも売れれば輸出するし、適度な利益を見こんだ金額では売れない国にもなんとか工夫して無理やり輸出しなければ産業として成立しないといった事情もありません。

まあ、中国の場合、中国共産党首脳部が将来の有望産業と見込んでいるEVやソーラー発電装置では、世界各国に安値輸出をしながらシェアの確保を図っている傾向はありますが、製造業全体がそういう方針でやっていけるわけがないのです。

全産業ベースで、アメリカにとっての中国への輸出額と中国からの輸入額を比べたグラフに移りましょう。


こちらでは、やっぱり圧倒的に大きいのがコンピューター・電子製品電子機器・同部品の2つのサブセクターでの巨額赤字でして、これがいかに大問題なのかよくわかります。

ですから、いくらハイテク超大手からの圧力があったとは言え、この2分野を懲罰的高率関税の対象から除外するというのは、トランプにとって清水の舞台から飛び降りるような決断だったのでしょう。

それでも習近平から「ありがとう」コールひとつなかったので、トランプはカンカンに怒っているのでしょうが。

米株・米ドル・米国債全面安の意味すること

アメリカの金融市場は、株がダメなら米国債どちらもダメでも米ドルと、どこかに逃げ場のある環境だった時代が40~50年続きました。ですが、もうそういう時代は戻って来ないでしょう。

次の6枚組グラフでご注目いただきたいのは、黄色の枠で囲った10年債と30年債の金利動向です。


これまで米国債は、米株や米ドルが安くなる金利が下がり価格は上がるという動きをして、ほかの金融資産から逃げてきた人たちの資金を吸収していました。ですが、「解放の日」以降は、米株も米ドルも下がりつづけているのに、米国債金利は上がり国債価格は下がっているのです。

いったい、いつ、どこで、だれがこの決定的な変化をもたらしたのでしょうか。最初の疑問「いつ」はかなり狭い範囲内に限定することができます。懲罰的高率関税の発表された翌週の月曜日から水曜日、日付で言えば4月7~9日の間だったことは間違いありません。


株式市場を見慣れた眼では、3日間かけてたった50ベーシスポイント、つまり0.5パーセンテージポイントというのは、取るに足りない変化に見えます。ところが変動率で言えば、これは12.55%とという非常に大きな変化だったのです。

さて、それではだれが動いたのか。この点に関していろいろ考える材料を提供してくれるのが下段のグラフです。

まず、「中国政府が懲罰的高率関税導入策に怒って米国債の投げ売り、米ドル売り・人民元買いを進めた」という説は、棄却して差し支えないでしょう。

4月7~9日という決定的な期間に、赤の折れ線で示した人民元の対米ドルレートは一貫して下がっています大規模な米国債売り・人民元買いはなかったはずです。

なぜなかったかというと、習近平主席を中心とする中国共産党首脳部は今、人民解放軍幹部将校たちとの暗闘で手一杯で、この絶好のチャンスを生かせなかったのだろうと思います。

60倍という素人運用並みの危険なレバレッジをかけて米国債を買い持ちしていた農林中央金庫が、懲罰関税で米国債の金利が下がり価格は上がると見ていたのに逆目に出たので、含み損のさらなる拡大を恐れて持っていた米国債を投げ売り」という説も人気があります。

しかし、もしこの米国債金利急騰・価格急落が農中主導だったとしたら、週明けの月曜日からすぐ始まっていたというのは、ちょっと反応が早すぎるという印象があります。

米国債市場の最大勢力はもちろんアメリカの大手金融機関です。その中には、ベーシス取引というかなり危ない取引の専門家たちも所属しています。

現物と先物のあいだに存在するわずか4~5ベーシスポイントほどの差から、大手金融機関にふさわしい規模の利ざやを稼ぐために、自己資金1に対して100ぐらいの借入を起こしてレバレッジで儲けようとする人たちです。

つまり農中の運用担当者がおそるおそるマネをしていた取引スタンスのお手本になっていた人たちなのです。私は、このベーシス取引のスペシャリストたちが、一斉に米国債現物を投げ売りしたのが、今回の金利高騰・価格暴落のきっかけだったと見ています。

なお、このベーシス取引は、次回『ついに始まったアメリカ株大崩壊 後篇』の主要テーマのひとつとなりますので、ぜひことばだけでも覚えておいていただきたいと思います。

とにかく、あれほどトランプが大事だと言っていた米国債の低金利・高価格はもろくも崩れ落ちてしまいました。次の2段組グラフが示すとおりです。


上段を見ると、2024年9月に連邦準備制度が約4年ぶりに政策金利の引き下げをするやいなやそれまで下降傾向を維持していた米国10年債金利が上昇に転じます。この頃から米国債券市場には何かしら異常な動きがあったわけです。

いちばん素直な見方は「短期債ならきちんと約定どおりの金利を稼げて、元本もほぼ間違いなく戻ってくるが、償還期限が遠のくほど約定どおりの金利を得ながら最後に元本も無事戻ってくるか心配だ」と考える債券市場参加者が増えたということでしょう。

そして今年の3月末までは、S&P500の下落とともに、金利が下がり.価格は上がっていた米国債10年物が、4月に入ってからは金利が上がって価格が下がるようになり、株と債券の間を移動しているファンドにとっては、逃げ場のない相場になっていきました。

なお、下段ではベーシス取引の解消が始まったのは8日夜か9日朝となっています。

ですが、おそらく7日の午後にはベーシスポジション解消の投げ売りが始まっていたけれども、多くの投資家が株安には債券買い」という長年の行動パターンを脱せずにいたので、ベーシス取引の解消がなかなか顕在化しなかったということではないでしょうか。

ぱっくり開いたワニの口

「いつ、だれが、何を」の謎が完全に解けたわけではありませんが、その後の金融市場の現実ははっきりしています。そこに呑みこまれたらどう転んでも結果はマイナスというワニの口が大きく広がっているのです。


上段でご覧いただけるとおり、10年債利回りはとくに9日に入ってから上昇に加速がつき、その分債券価格は急落しています。

一方、S&P500株価指数はやや下落幅が狭まっているように感じます。ですが、下段に眼を転ずると、関税政策で大失態を演じたトランプがなりふり構わずインサイダー情報の公開までして、なんとか株価が小康状態を保っているだけという印象もあります。

いずれ、この見せかけの小康状態金融市場の中で波乱を迎えるか、大統領による株価操縦として司法の判断を仰ぐことになるか、どちらにしても平穏無事では済まないでしょう。

資本逃避に関する教科書的説明には、以下の6段階で資本は特定の国から逃避すると書かれています。

1.経常赤字の拡大

2.世界各国中央銀行の外貨準備に占める自国通貨シェアの下落

3.通貨価値の毀損=インフレ

4.国家総債務と利払い負担の増加

5.資本の他国への逃避

そして、当該国家がデフォールト宣言を選ぶか、ハイパーインフレを選ぶかの最終段階である

6.金利上昇

現在のアメリカ経済はすべての条件を満たしています。よく「基軸通貨としての米ドルの地位は揺るがない」という反論を見かけます。ですが、外貨準備に占める米ドルの地位は着実に低下しつづけています。


従来から、それぞれ独自の理由で米ドル準備を控えめにしていたスイスとロシアを除いた外貨準備の中では米ドルのシェアは約63%とかなり高めです。しかし、この2ヵ国を含むデータでは、はっきり60%台を割りこんでいます

下段で見る米ドル指数の下落は、外貨準備に占める米ドルのシェアを下げようとしている国アメリカの有力貿易相手国の中にも存在することを示唆しています。

なお、米ドル指数とは、アメリカの有力な貿易相手国のアメリカとの貿易総額で加重平均した通貨ユニットで測ると1米ドルがいくらになるかを示しています。

次の2段組グラフをご覧下さい。


上段はトランプ関税政策の失態が、米ドル指数をかなり押し下げたことを示しています。そして、下段は1985年には160台に上がっていたこの指数が、次のハイテクバブルの天井では130前後にとどまり、20世紀最後の15年間アメリカの国力がそうとう落ちた印象があります。

今回最後のグラフは、第2次トランプ政権発足から「解放の日」直後までのアメリカ金融市場3大指標の推移を示しています。


何度かくり返しお伝えしたように、これまでは米株と米ドルが同時に下がっても米国債金利の低下=価格の上昇)が逃げ場となっていたのですが、「解放の日以降はその逃げ場がなくなったのです。

このシリーズ最終回になる後篇では、ベーシス取引解消のインパクトと、米株市場を牽引してきたマグニフィセント7壮麗なる7社)がマリグナント7悪性腫瘍7社)に転落した経緯を中心に書き進み、最後に日本が果たしうる世界史的貢献を説明させていただく予定です。

読んで頂きありがとうございました🐱 ご意見、ご感想やご質問はコメント欄かTwitter@etsusukemasuda2 にお寄せ頂ければ幸いです。 Foomii→増田悦佐の世界情勢を読む YouTube→増田悦佐のYouTubeチャンネル

コメント

スイーツ さんのコメント…
増田先生、いよいよ先生の「予言」通りになってきましたね。EVに関しても、やはり一時の「バブル」に過ぎませんでした。

尤も、先生に「予言」は客観的事実から導き出された的確な「推測」ですね。聖書の時代からの「預言者」たちは的確な「推測」が上手だったのだ、と個人的には思っています。